新たな拡張現実の到来

現実の世界は素晴らしいですが、拡張現実(AR)のテクノロジーは世界をもっと素晴らしくすることができます。世界はもっと楽しくなり、情報、生産性、教育においてもさらに進展します。消費者向けのウェアラブルなARメガネはまだ登場していませんが、うれしいニュースとして、すべてのスマートフォンベースのAR用アプリやツールが、ARメガネでの次世代のアプリに簡単に移行できるようになっています。

ある意味、スマートフォンベースのARはコンセプト実証の役割を担っています。ハードウェアにおける次のステップは、快適で、性能の高い、手頃な価格のARメガネでしょう。しかし、そのようなデバイスを作り出すには、いくつかの技術的な課題を克服する必要があります。

ARをあらゆる場所で…

2016年にポケモンGOの人気が急速に高まって以来、ARアプリはあらゆる場所に登場しています。実際に、Facebook(フェイスブック)、Snapchat(スナップチャット)、Instagram(インスタグラム)などの企業はこの勢いに便乗しました。また、図1で示すように、AppleのARKitやGoogleのARCoreのようなAR開発環境は、iPhoneやAndroid端末でのARアプリの急増に大きく貢献しました。現在は、Blippar、Zappar、Aurasmaのような無料または低価格のARコンテンツ制作ツールによって、アプリ開発者や中小企業だけでなく非営利団体も、より簡単にARに参入できるようになっています。

  • 個人向けのARコンテンツの例

    図1:個人向けのARコンテンツの例

最初にARに推進力を与えたのはゲームかもしれません。しかし、現在は多くの新しいARアプリが、教育、マーケティングや広告、建築やエンジニアリング、ミュージアムにとどまらず多様な業界に登場しています。IKEAのような小売店には、自分の家で家具がどのように見えるかを確認できるARアプリがあります。Airbnbは、利用者が到着したときに案内を行うARアプリを発表しています。

教育分野のARアプリでは、没入型の学習環境を構築できます。中学生が火山についての本を読んだり動画を見たりするのではなく、机の上で仮想的に起きている火山の噴火を体験している様子を想像してみてください。大英博物館ではスマートフォン向けARアプリを試験中です。このアプリによって、美術品を説明するための音声ガイドや壁に取り付けているノート・カードが、作品の制作方法の説明の再現に置き換えられます。建築事務所やエンジニアリング企業では、物理的なモデルをARと組み合わせて、説明や宣伝のプレゼンテーションの際にさまざまな視点から建物を体験できるようになっています。このような魅力的な事例は、ARによる新たな世界を示しています。

次世代ウェアラブル

スマートフォンのアプリはARの実現可能性や大きな将来性を実証したかもしれませんが、ARアプリ専用に設計された次世代メガネは、さらに強力な没入型の体験をもたらすでしょう。スマートフォンではARの体験は端末の表示画面の境界の制約を受けますが、スマートフォンとは異なり、ARメガネで表示されるイメージやグラフィックは、完全な現実で風景の一部であるかのように、すぐ目の前に浮かんで見えます。

さまざまな用途でARメガネが適している場合があります。もちろん、ゲームはその1つです。自宅のリビング・ルームの家具の周りを巡航している小さな戦艦や、シーリング・ファンから攻撃してくる戦闘機を想像してみてください。機械工学や生産工学では、3Dオブジェクトを表示して操作できることは非常に便利です。サイクリストやスキーヤー、モトクロスのライダーはヘルメットに組み込まれたARメガネに速度、心拍数、コース上の位置、残りの燃料などの重要な情報を表示させて活用することができます。在庫管理や倉庫管理の用途では、ARメガネで、見つけにくい貯蔵ケースを作業員に教えたり、正しいアイテムが在庫から引き当てられたことを即座に確認したりできます。

ARメガネがこのような用途で成果を挙げるには、着用しやすく、実用的なバッテリ寿命と高い性能のバランスが取れている必要があります。ARメガネを評価するための重要なコンポーネントは、ディスプレイのサブシステムです。目的は、脳に、目に見えているものを現実の世界の一部であると考えさせることです。そのようなレベルの性能を実現するには、適切に設計されたARディスプレイが必要です。

設計における懸案事項

設計者は、特定の用途に対して最適なARメガネを設計するときに、さまざまな異なるアプローチを取ることができます。それぞれのディスプレイ技術にはそれぞれの長所と短所がありますが、ARディスプレイ技術を評価するときには、以下のようなARメガネの設計者が考慮する特定の操作上の特徴があります。

低電力

ARメガネを小型で軽量にするには、ディスプレイ・サブシステムが低電力である必要があります。ARディスプレイの電力消費の主要な決定要因は、光学的効率(光源からどれだけの光が目に届くか)です。光学的効率が良くない設計の場合、大容量のバッテリに対応するために小型で軽量というフォーム・ファクタが犠牲になるか、バッテリ容量の制約によってディスプレイの輝度を下げることを余儀なくされます。光学的効率の良いディスプレイの場合は、開発者は、メガネの用途に固有の要件に合わせて、設計をより柔軟に最適化できます。たとえば、バイクのような屋外スポーツの用途では高い輝度に最適化されたメガネが必要になるかもしれませんが、倉庫の在庫管理の用途で使用されるメガネは、高いレベルの輝度は必要なく、その代わりにバッテリ寿命が長くなるように最適化できます。

輝度

ARディスプレイの輝度は、ユーザ体験の重要な決定要因です。図2で示しているように、輝度が限られていると、表示されるコンテンツと背景の環境との間に十分な差ができません。また、メガネを屋外で使用する場合は、はっきりと見えるように、コンテンツに対してディスプレイの出力を非常に高輝度にする必要があります。

  • 低輝度と高輝度

    図2:低輝度と高輝度

コントラスト

コントラストは、ディスプレイの最も暗い黒の部分と最も明るい白の部分との差を比較するものです(図3参照)。コントラスト比が高いと、コンテンツは非常に鮮やかで没入的になります。また、黒いピクセルは着用者に対して透過的になるので、ARメガネではピクセルを完全に黒くできることが重要です。これらのピクセルが完全な黒ではなくグレーであると、着用者には、非現実的で混乱を招くようなグレーの背景がメガネのディスプレイ領域に描かれているように見えます。

  • 低コントラストと高コントラスト

    図3:低コントラスト(左)と高コントラスト(右)

高速/低遅延

高いフレームレートで低遅延のディスプレイは、頭の動きを伴うARの用途で特に欠かせません。そのような用途では、ディスプレイでの遅延の結果として、現実の世界のオブジェクトと正確に調和しないARコンテンツになってしまう場合があります。

まとめ

次世代ARメガネは、ARの用途をより身近なものにして、その可能性を十分に発揮するでしょう。スマートフォンの画面での表示方法をARアプリの現実に押し込むのではなく、ARメガネでは、アプリとアプリ内の現実がユーザの現実の一部になるでしょう。その実現には、メガネのディスプレイのサブシステムに関連する設計の問題について十分に考慮する必要があります。

著者プロフィール

Jesse Richuso
テキサス・インスツルメンツ。

DLP Picoテクノロジ部門 プロダクト・マーケティング・エンジニア