フランスのロケット会社アリアンスペースは2018年4月19日、同社のステファン・イズラエル(Stephane Israel) CEOの来日に合わせ、都内で記者会見を開催した。
同社は長年、商業打ち上げ市場のリーダーとして君臨し続け、日本との縁も深い。いっぽうで近年、ロケットの再使用による価格破壊や、小型・超小型衛星による新たな宇宙ビジネスが出てくるなど、宇宙業界に変革が沸き起こる中、同社も対応を迫られつつある。
アリアンスペースは今後、どのような未来を見据えているのだろうか。
アリアンスペース
アリアンスペース(Arianespace)の歴史は、今から40年近く前にまでさかのぼる。
1979年、欧州各国が共同開発した「アリアン」(Ariane)ロケットが打ち上げられ、これにより欧州は、自立した宇宙へのアクセス手段を手に入れた。そのアリアンを運用する会社として、1980年に創設されたのが同社である。
以来、欧州をはじめ、世界各国の官民合わせて100社以上、570機を超える衛星を打ち上げてきた。現在静止軌道にある通信・放送衛星のうち半分は、同社が打ち上げたものである。
同社は現在、通信・放送衛星を打ち上げる大型の「アリアン5」(Ariane 5)ロケット、測位衛星や科学衛星などを打ち上げるためにロシアから輸入している中型の「ソユーズ」(Soyuz)ロケット、そして地球観測衛星などを打ち上げる小型の「ヴェガ」(Vega)ロケットの3種類を運用している。
大中小と揃っていることでそれぞれが補完的な役割を果たし、またロケットの打ち上げに適した南米仏領ギアナに発射場を構えていることも相まって、「すべての衛星を、あらゆる軌道に、いつでも」打ち上げられることを最大の売りにしている。
2017年はアリアン5が6機、ソユーズが2機、ヴェガが3機の11機の打ち上げを行い、20機の衛星を宇宙へ送り届けた。また、アリアン5とヴェガには、脱オートクレーブ成形法を使って製造した新型の衛星フェアリングを導入するなどし、低コスト化も達成している。
2018年はすでにアリアン5は3機、ソユーズが1機の打ち上げを行っており、今後もアリアン5が4機、ソユーズとヴェガが3機ずつの計10機の打ち上げが控えている。
中でも大きな話題になりそうなのが、日欧共同開発の水星探査機「ベピコロンボ」(BepiColombo)の打ち上げだろう。現在のところ打ち上げは10月の予定で、イズラエル氏も「とてもワクワクしています」と期待を寄せる。
次世代ロケットの開発も順調
欧州は現在、これら3機種の後継機として、大型ロケットの「アリアン6」(Ariane 6)と、小型ロケットの「ヴェガC」(Vega C)の開発を進めている。アリアンスペースも開発にかかわっており、完成後には同社が運用を担うことになる。
アリアン6は、アリアン5の正常進化ともいうべきロケットで、大きな打ち上げ能力と、それによる静止衛星の2機同時打ち上げといった特徴を受け継いでいる。また固体ロケット・ブースターの装着数を2基(アリアン62)と4基(アリアン64)で変えることができ、さまざまな大きさ、質量の衛星に対応できたり、また第2段エンジンに再着火が可能な「ヴィンチ」エンジンを搭載し、複数の衛星を異なる軌道に投入することができたりなど、より柔軟な運用も可能にしている。
ヴェガCはヴェガの打ち上げ能力を向上させたロケットで、第1段の固体ロケットは、アリアン6の固体ロケット・ブースターと共通化されている。これにより低コスト化などが図られている。
現在のところロケットや発射台の開発は順調に進んでおり、アリアン6は2020年に、ヴェガCは2019年に初打ち上げが予定されている。
また、アリアン6はすでに、2つのガリレオ測位衛星の打ち上げ契約を、またヴェガCも民間から2つ、政府系から1つの、計3つの打ち上げ契約を締結しているなど、幸先はいい。
小型・超小型衛星の打ち上げにも最適
また、アリアン6とヴェガCは、小型・超小型衛星の複数打ち上げができる能力ももつ。
近年、電子部品の小型化などを背景に、小型衛星(数十kg級)・超小型衛星(数kg級)の開発が進んでおり、さらにそうした衛星を何十機、何千機も打ち上げてひとつのシステムとして運用する「衛星コンステレーション」の構想や事業化も活発になっている。
アリアンスペースではこうした小型・超小型衛星の打ち上げ需要に対応すべく、ヴェガとヴェガC向けにSSMS(Small Spacecraft Mission Service)というサービスを用意している。これにより、ロケット1機に小型衛星を9機、超小型衛星なら72機を搭載でき、合計で81機の衛星を一度に打ち上げることが可能だという。
この会見に先立つ17日には、小型・超小型衛星の打ち上げサービスを提供している米国企業スペースフライト(Spaceflight)との間で、打ち上げ契約を結んだことが発表されている。初打ち上げは2019年初頭に予定されている。
またアリアン6でも、MLS(Microsat Launch Share)という名前の同様のサービスを展開することを考えているという。このサービスでは、アリアン62を使い、たとえばメインの衛星1機、小型の衛星6機、そして数十機の超小型衛星を一度に搭載し、同時に打ち上げることが可能になるとしている。
イズラエル氏は「これにより、十分競争力のある小型・超小型衛星の打ち上げ手段を提供できることができると考えている」と語る。
"マイクロ・ローンチャー"とどう戦うのか?
SSMS、MLSのような、大型ロケットなどを使って小型・超小型衛星を同時に多数打ち上げるサービスはこれまでもあった。
しかし、こうした"相乗り"サービスは、小型衛星の側にとっては打ち上げ時期や軌道を自由に選べないなどの問題がある。
そのため近年、小型・超小型衛星打ち上げ用ロケット、「マイクロ・ローンチャー」(超小型ロケット)の開発が世界中で進んでおり、米国のロケット・ラボをはじめ、日本でもインターステラテクノロジズ(IST)が開発している。相乗り打ち上げより割高にはなるものの、小型・超小型衛星が主役となるので、打ち上げ時期や軌道を自由に選べる。
こうした超小型ロケットと、アリアン6やヴェガとの競争について、同社東京事務所の高松聖司(たかまつ・きよし)代表は「実際のところ、超小型ロケットにそれほど需要があるかは疑わしい」と語る。
「たしかに超小型衛星は世界的にブームです。これからもその数は増えるでしょう。ですが、その大半は地球観測衛星で、それぞれの衛星の軌道にそれほど大きな違いはありません。宇宙インターネットならそもそも同じ軌道に何十機も投入します。そのため、ヴェガで一度に打ち上げたほうが効率的です」(高松氏)
つまりアリアンスペースは、打ち上げ時期や軌道を自由に選べないという問題は、ほとんどの場合においては無視できるものと考えている。いっぽうで、衛星1機あたりの打ち上げコストで換算した場合、超小型ロケットで打ち上げるよりも、ヴェガなどで何十機も同時に打ち上げたほうが安くなるのは間違いない。
この"少しの不自由とコストの安さ"という絶妙なバランスによって、超小型ロケットより競争力が発揮できると考えているようである。
もっとも、たとえば衛星コンステレーションを構成する衛星のうち、1機だけが故障し、その代替機を打ち上げねばならなくなったときなどには、超小型ロケットの出番となる。衛星コンステレーションの数が増えれば増えるほど、言い換えればアリアン62やヴェガによって多数の衛星が飛べば飛ぶほど、その需要も増え、市場で共存することになるかもしれない。
小型・超小型衛星の市場と、それを打ち上げる手段であるロケットの動向には今後も注意が必要だろう。