東京大学は、海洋研究開発機構、産業技術総合研究所、気象庁気象研究所との合同研究グループが、父島(小笠原諸島)・喜界島(奄美群島)に生息するサンゴの一種、ハマサンゴの骨格のホウ素同位体比および炭素同位体比を分析し、海洋酸性化による海水のpH低下が石灰化母液のpHをも低下させ、石灰化に悪影響を及ぼし始めている可能性を示したことを発表した。

北西太平洋の海洋酸性化と父島、喜界島の位置(出所:ニュースリリース)

化石燃料の使用量や森林破壊の増大に伴って大気中の二酸化炭素濃度は増加し、その約3分の1は海に取り込まれている。海洋表層水の二酸化炭素濃度が上昇することで海水のpHが低下し(海洋酸性化)、炭酸カルシウム骨格を生成するサンゴ、貝、ウニなどの海洋生物への悪影響が危惧されている。

造礁サンゴの一種である塊状ハマサンゴは、100年以上生きることが知られており、その骨格に過去の海洋酸性化の履歴が記録されるため影響評価に適している。また、日本近海の北西太平洋は気象庁による長期的なモニタリングの結果、海洋酸性化の進行がよく追跡できている。サンゴ骨格の同位体記録と海水の記録との比較が容易であるという点は、非常に重要な利点である。

研究グループは、北西太平洋に位置する父島や喜界島で採取した塊状ハマサンゴ骨格を分析し、海洋酸性化がサンゴの石灰化に与える影響を評価した。サンゴは石灰化母液のpHを調整する能力を備え、骨格のホウ素同位体比は石灰化母液のpHを、炭素同位体比は海水中の炭素の組成を記録することがわかっている。

サンゴ骨格を含む生物由来の炭酸カルシウム試料のホウ素同位体測定は大変難しく、世界でも限られた研究室でしか測定できていない。分析には、海洋研究開発機構・高知コア研究所のマルチコレクター型ICP質量分析装置および表面電離型質量分析装置が用いられた。また同じ骨格試料の炭素同位体分析は、大気海洋研究所の安定同位体分析装置が用いられた。

その結果、ハマサンゴ骨格のホウ素・炭素同位体比ともに過去100年間に低下する傾向を示し、特に1960年以降の低下が顕著であった。ホウ素同位体比の低下は石灰化母液のpHが低下していること、炭素同位体比の低下は海水中の溶存炭素の炭素同位体が低下していることを示唆している。後者は化石燃料燃焼・森林破壊に伴って人為的に放出された12Cに富んだ炭素が、地球表層システムの炭素リザーバーの同位体組成を変化させた結果と解釈される。

喜界島から得られた塊状ハマサンゴの水中写真と骨格断面のX線写真(出所:ニュースリリース)

従来、海洋酸性化による海水のpH低下は、石灰化母液のpHを大きく低下させることはないという説が一般的であったが、研究結果ではその予想に反し、石灰化母液のホメオスタシス作用の機能が低下している可能性を示唆する。pH指示役と共焦点顕微鏡を用いて石灰化母液のpHを可視化した別の先行研究からも、石灰化母液のpH低下は炭酸カルシウム飽和度を低下させ、最終的に石灰化を阻害することが示唆されている。従って、海洋酸性化は父島・喜界島に生息する塊状ハマサンゴの石灰化母液に対してすでに悪影響を及ぼし始めていると考えられる。

塊状ハマサンゴは、造礁サンゴの中でも特に環境ストレスに対する耐性が高く、赤道湧昇や火山性の二酸化炭素漏出によって自然状態で海水が酸性化しているガラパゴス諸島やパプアニューギニアなどでも生息が確認されている。従って、塊状ハマサンゴよりも海洋酸性化に対して脆弱な他の造礁サンゴは、より大きな影響を被っている可能性がある。今後は、ハマサンゴ以外の造礁サンゴの骨格についても、ホウ素同位体測定を行い、海洋酸性化による影響をより詳しく評価する必要があると説明している。