理化学研究所(理研)は、同所脳科学総合研究センター発生神経生物研究チームのチームリーダー・御子柴克彦氏、菅原健之氏、久恒智博氏らの研究チームが、運動をつかさどる小脳内の神経回路を正しく維持するために必要な分子メカニズムを発見したことを発表した。
脳では数千億個の神経細胞がシナプスを介して互いに結合し、神経回路を形成している。シナプスは、神経細胞の樹状突起に無数にある小さな突起「スパイン」に形成されます。スパインは生後の発達過程で活発に形成され、成熟後の神経細胞では比較的安定に存在して、機能的な神経回路を維持しているが、成熟後の神経細胞のスパインがどのようにして制御されるのか、その詳細なメカニズムについては多くの謎が残されている。
今回、理研の研究チームは、スパインの形はアクチン細胞骨格と呼ばれる繊維状の構造によって制御されているため、アクチンに結合する「カルシウム/カルモジュリン依存性タンパク質キナーゼβサブユニット(CaMKIIβ)」というタンパク質に注目した。
詳しく解析した結果、CaMKIIβが小脳プルキンエ細胞におけるスパインの形成と伸長を促すこと、その効果はタンパク質リン酸化酵素のプロテインキナーゼC(PKC)によるCaMKIIβの「リン酸化」により制御されていること、リン酸化が障害されると成熟したプルキンエ細胞に過剰なスパインの形成と伸長が生じることが明らかになった。これらのことから、神経活動依存的なPKCによるCaMKIIβのリン酸化は、プルキンエ細胞のスパインが過剰に発達するのを抑制しており、この機構が運動の学習・記憶を担う小脳の神経回路を正常に維持するのに重要な役割を果たしていることを示している。
近年、さまざまな精神・神経疾患において、スパインの密度や形態に異常が生じることが知られるようになり、神経回路を正しく形成・維持できなくなることが疾患の発症に関わっていると考えられている。理研では、今回の研究成果について、高次脳機能を支える構造的基盤であるスパインを制御する仕組みについて新たな知見をもたらし、精神・神経疾患の原因解明や治療法の確立につながると期待できるものだと説明している。