理化学研究所(理研)は、日常の出来事を記憶するとき、その出来事の内容と順序の情報が脳回路の中でどのように表現されているかを、ラットの脳の海馬での神経細胞の活動を観測することで明らかにしたことを発表した。

この成果は、脳科学総合研究センターシステム神経生理学研究チームの藤澤茂義チームリーダーと寺田慧研究員、理論統合脳科学研究チームの中原裕之チームリーダー、同志社大学大学院脳科学研究科の櫻井芳雄教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国の科学雑誌「Neuron」(6月21日号)に掲載されるのに先立ち、オンライン版(6月8日付け)に掲載された。

活動の強さで内容を表現し、活動のタイミングで順序を表現するイベント細胞(出所:理研Webサイト)

我々は日常の出来事を記憶するとき、それぞれの"内容"とともに、その出来事が起きた"順序"を覚える。経験した出来事に関する記憶は「エピソード記憶」と呼ばれ、脳の「海馬」という部位が関わっているが、どのような仕組みで経験した出来事の内容や順序を記憶しているかは解明されていなかった。

今回、研究チームは、音の情報と匂いの情報をそれぞれ順番にラットに与え、その情報の組み合わせによって右レバーか左レバーかを選ぶ「組み合わせ弁別課題」を学習させた。そのときの海馬の個々の神経細胞の活動を超小型高密度電極を用いて記録したところ、海馬の神経細胞の中に音や匂いなどそれぞれの情報に対して選択的に活動する細胞を発見し、これを「イベント細胞」と名付けた。これは、海馬の個々のイベント細胞がそれぞれの出来事の内容情報を記憶して表現しているということを意味している。

海馬では、周波数が8Hz程度の強い脳波である「シータ波」が観測されることが知られており、神経細胞の集団が同期活動をすることによって生成される。そこで、出来事の内容を記憶しているイベント細胞がシータ波のどのタイミング(位相)で活動しているかを調べたところ、イベント細胞の活動の"タイミング"によって出来事の過去・現在・将来の順序を表現していることがわかった。

また、イベントの経過に伴い、イベント細胞の活動のタイミングが時間がとともに前進していく、「位相前進」と呼ばれる現象もみられた。この現象はラットが空間探索を行うときに活動する「場所細胞」で観察されることが知られているが、イベントを経験しているときに位相前進が起きていることを示したのは、同研究が初めてだという。

この研究によって、海馬の個々のイベント細胞は、その活動の強さによって出来事の内容を表現し、その活動のタイミングによって出来事の順序を表現していることが明らかになった。この発見は、我々がどのように日常の出来事を記憶しているかを解明する上で重要な知見となった。今後は、初めて経験する一度限りの出来事について、その内容と順序を海馬はどのように記憶しているかを研究することで、エピソード記憶のメカニズムの理解がより進むことが期待できるとしている。