東京大学と科学技術振興機構(JST)は、東京大学 生産技術研究所附属マイクロナノ学際研究センターの野村政宏准教授、ロマン・アヌフリエフ氏(東京大学特別研究員・日本学術振興会外国人特別研究員)らの研究グループが、シリコン薄膜にナノ構造を形成することで熱流に指向性を与え、集熱に成功したことを発表した。この研究成果は5月18日、英国科学誌「ネイチャー・コミュニケーションズ(Nature Communications)」オンライン版に掲載された。
熱は固体中を四方八方に拡散するため、特定の方向に熱をより多く流すことはできず、より高度な熱マネジメントを必要とするデバイスなどで、熱流制御への期待が高まっている。
熱は方向性なく広がっていくことが定説であったが、同研究ではナノスケールで顕著になる、フォノンが平均自由行程内ではまっすぐに移動する性質(弾道性)に着目し、ナノ構造を直線的に配列することで、熱流に指向性を与えられることを実証したという。
温度勾配方向に対し縦横に規則正しく円孔を配列した構造中を、フォノンがどのように移動するかを知るため、物理モデルを構築して計算したという。
周期320nmのフォノニック結晶構造を抜けたフォノンが細線構造に入っていきやすい構造(結合構造)と、半周期横方向にずらして入りづらい構造(非結合構造)を用意し、熱散逸時間を計測した結果、結合構造では非結合構造に比べて熱散逸時間が低温では16%、室温でも7%早いことが判明し、熱に指向性を持たせることが可能であることを実験的に示したということだ。
また、放射状に円孔を配置したレンズのような構造を作製して下から上に熱が流れるようにすると、フォノンは焦点に向かって指向性をもって移動し、熱流が焦点に集中することがわかったという。集熱の実証実験には、焦点位置とそこから右にずらした位置に熱の逃げ道となるスリットを設けた構造を複数用意し、熱散逸時間を計測。その結果、スリットが焦点位置にあるときに最も熱散逸が早く、スリットが焦点位置からずれるにしたがって熱散逸が遅くなることが判明したということだ。レンズ構造がない場合には熱散逸時間はスリット位置に依存しないことが確認されており、フォノンの弾道的輸送特性を利用したこのレンズ構造により、固体中の集熱を実現したとしている。
この研究成果は、固体中での熱流制御に新しい選択肢をもたらすとともに、フォノンエンジニアリング分野の基礎研究を発展させ、高度な熱マネジメントが望まれる半導体分野への応用へとつながるという。この熱流方向制御技術と集熱技術は、熱制御技術に新しい選択肢を与え、激しい発熱を伴う半導体チップなどにおいて、高度な熱マネジメントにつながることが期待されると説明している。