--かつて複数の日本メーカーが中小型有機ELを研究開発していたのに、現在はSamsungが(金額ベースでは)ほぼ独占状態にあります

早瀬氏:一言で言ってしまえばSamsungが気合を入れて事業化したからに尽きる。Samsung本体はもともと液晶パネルを事業としていて、大型プラズマディスプレイをやっていた子会社のSamsung SDIは、スマートフォン用の液晶をやりたかったが、グループ内での競合をさけるため、液晶を開発することが許されなかった。一方で、競合しない有機ELについてはグループトップから開発許可がおりたので、これしか選択肢がなかった。そこから事業化をやりぬいて、ここに至り、よくあれだけのプロセスを開発したものだと感心するほどの実用化を成し遂げた。他社は、液晶もやっていたので逃げ道があったし、有機ELに気合が続かず途中であきらめてしまった。

筆者注:現在、有機ELパネルを量産しているのはSamsung Dispalyだが、同社はSamsung ElectronicsとSamsung SDIの合弁企業として2009年に設立され、有機EL製造は同社に移管されている

--SamsungのライバルであるLGや日本勢が有機ELに本格参入してくる可能性は?

早瀬氏:Samsungは10年以上先行しており、他社とは技術的格差も大きい。しかも年間数億枚も製造しているのでコスト競争力もある。他社が参入しようとすると特許の問題もあり、他社がそう簡単にキャッチアップするのは難しい。生産能力が小さければコストで勝ち目がない状況だ。

ただし、他社にも救いはある。それは、Appleが今後もSamsungの有機ELを買い続ける可能性は極めて低いだろうと言うことだ。今のままだと、Appleが密かにやろうとしていることがSamsung Displayを通してSamsung Electronicsのスマホ開発部隊に筒抜けになってしまい、Galaxyに先を越されかねない状況にある。当然、Appleは、すでに他社に有機ELの開発要請をしているだろう。

--中国でも有機ELに乗り出す動きがありますが、可能なのでしょうか。

早瀬氏:技術的にはハードルが高い。しかし、中国勢は、政府の支援もあり資金が豊富なので、金の力でごり押しするだろう。幸い、中国内に数億台規模のスマホ市場が存在するので中国内の有機ELメーカーとスマホメーカーが協力し合って、Samsungが入り込めない閉じた世界を形成することは可能だろう。

--その場合、技術はどうするのですか?

早瀬氏:ディスプレイは、回路設計やプロセスが多岐にわたる半導体ロジックとは違うが、半導体メモリとは似ているところがあって、大雑把だがXYマトリクスさえ組めれば後は何とかなる。大型テレビ用液晶などでは、仕様が決まっているので、資金力で製造装置と材料さえ入手できれば、経験のない中国勢でも作れてしまった。有機ELがそれとちがうのは、製造装置を買ってもついてこないプロセス開発がまだまだ必要なことや有機材料の取り扱いのノウハウなど、装置と材料を入手しただけでは解決できない課題を抱えている点だ。この辺は、経験者を採用して解決することになるだろう。

著者注:中国勢は現在、韓国企業からの退職者やディスプレイビジネスから撤退した日本企業からリストラされたエンジニアを採用したり、技術供与を受ける形で地力を蓄える動きを見せている

--日本勢の有機ELの今後の見通しは?

早瀬氏:日本勢もいまや経営不振で産業革新機構からの援助なければ立ち行かないJDIと台湾勢に買収されてしまったシャープしか残っていないが、各社様子見の段階だ。JDIは有機ELに的を絞るのではなくて、フレキシブルな液晶で対抗していこうという方針のようだ。10年先行し年間5億台も量産しているSamsung Displayに竹やり戦法では勝ち目がないことは皆分かっている。現在iPhone用に液晶を供給してるJDIに対してAppleから有機EL開発要請が来ているだろうし、JDIで有機ELができるようになったらAppleが買うという約束もとりつけているだろう。

2017年のモデルには間に合わないが、有機ELを開発できさえすれば、2018年以降ならAppleへの納入は可能だろう。コストでSamsungに勝つことは不可能だが、Appleが、Samsungに内緒にするため、特別の仕様でJDIに注文を出せば、チャンスは巡ってくる可能性はある。

しかし、JDIはApple以外の顧客に対しては、有機ELの出荷に関して後ろ向きである。スケールメリットを享受するSamsungやこれから出てくる中国系ブランドに対して価格競争力がないので、液晶に留まり、新たな付加価値が出るスペック面で差別化を図ろうとしている。

―JDIに吸収されることになったJOLEDの実力は?

早瀬氏:JOLEDは商売にできるようなパネルを作っていない。成果も公表しておらず、私自身も見せてもらえていないため、実力のほどは不明である。人に見せられないようなもの作っていてどうするのかといった感じだ。

--シャープの戦略は?

早瀬氏:JDIと同様で、シャープもAppleに液晶ディスプレイを供給している。シャープの親会社の鴻海精密工業は、iPhone本体の製造を受託している。だから両社がディスプレイとiPhone本体の製造をセットでAppleに売り込めれば価値が出てくるだろう。そのため当然Apple向けには有機ELをやろうとしている。問題は、どこから資金が出て、どこで造るかだが今はその辺を検討しているところだろう。

シャープは全体的には、JDI同様に有機ELに全精力を傾け注力しようとしているわけではない、むしろ鴻海との垂直統合により、今ある液晶の膨大な設備をどうやって 有効活用するかを検討している。

--シャープで差別化の切り札としていたIGZOはどうなったのでしょうか?

早瀬氏:研究は続けているようようだが、外販で差別化がはかれていない。

--日本のディスプレイ用製造装置材料メーカーは、他国のライバルよりも競争力があるようですが、その秘訣はなんですか?

早瀬氏:日本の装置材料メーカーは、セイコーエプソンが腕時計用、シャープが電卓用の小型液晶を始めて以来、ゼロから出発して、徐々に大きなサイズに取り組み続けて時間をかけて技術に磨きをかけてきた。新規参入組がいきなり超大型パネルに取り組んでも難しいだろう。一方、韓国メ-カーは派閥支配で、ライバル派閥の装置や材料は使わないというような制約があり、すそ野が広がらずに縦に系列化してしまっている。日本勢にはそのようなことがなく、日本の装置材料メーカーには有利に働いていており、すそ野も広かったことが有利に働いたのだろう。