「トラクタービーム」といえば、UFOが牧場の牛を空中に引っ張り上げてさらっていくときに使われる、あの怪光線である。しかし、超音波を使ったトラクタービームは、すでに現実のものになりつつあり、ビーズ球のような小さな物体であれば、超音波を使って空中に浮かべた状態で捕獲したり、空中での平行移動や回転運動といった操作を行ったりすることが可能になっている。
「音響トラクタービーム」と呼ばれるこの技術は、ブリストル大学の研究者Asier Marzo氏らが2015年に発表したもので、トラクタービームの研究が注目を集めるきっかけとなった(発表当時、Marzo氏はナバーラ州立大学の学生)。Marzo氏らは今回、同技術をさらに進め、市販の3Dプリンタを使って音響トラクタービームを簡単に作れるようにした。詳しい作製方法を説明した動画も公開されており、Arduino、モータードライバなど、ネット通販で安価に入手できる部品・材料だけを使って自作することが可能になっている。論文は応用物理学誌「Applied Physics Letters」に掲載された。
音響トラクタービームは、多数の超音波発生器(ユニットセル)を配列したフェイズドアレイを利用している。フェイズドアレイは、イージス艦に搭載されている索敵レーダーなどにも使われている技術で、多数のアンテナを同時に制御することによって音や電磁波などの波を精密かつ高速に操作することができる。音響トラクタービームの場合、各ユニットセルから出た超音波が、ある1点に集まって焦点を結ぶ。そしてフェイズドアレイで音の振幅や速度勾配などを制御することによって、超音波の焦点に物体が吸い寄せられるように調整されている。
公開されている動画を見ると、トラクタービームの焦点にあたる位置で物体が浮遊したまま静止。さらに、デバイスを傾けたり、逆さまにしたりしても物体は焦点付近で浮かんだままであり、単に音響放射圧で物体を持ち上げているのではなく、物体が超音波の焦点に吸いついていることがわかる。
これまで音響トラクタービーム用のフェイズドアレイの構造はかなり複雑だった。今回、市販の3Dプリンタの解像度でも作製できるようにするため、改めて設計を見直したという。
現状の音響トラクタービームには、捕獲できる物体の大きさに限界があるという問題がある。音の波長の1/2より大きなサイズの物体を捕獲することは難しいため、実用的な超音波の周波数で扱える物体は最大でも数mmであるという。研究チームは今後、この制約を克服するための取り組みを続けていくとしている。
ただし小さな物体限定であっても、たとえばショウジョウバエなどの実験動物や微生物サンプルなどを空中で静止させることができるので、生体を無重力状態に置く実験装置として利用するなど、応用範囲は意外に広いと思われる。