研究と一体化した遺伝子解析サービス

2003年にヒトゲノムの配列が解読されてから、はや10年以上。遺伝子解析の技術は飛躍的に向上し、解析コストも大幅に下がってきた。新たなドル箱市場を目がけて遺伝子ビジネスに参入する企業も増加し、なかには「才能を調べるサービス」を謳うような海外の企業も現れた。“遺伝子”という未知の領域に対するリテラシーは、まだ成長の途上にある。それだけに、リテラシーの隙をつく科学的根拠に乏しい検査のイメージが一人歩きしてしまうと、一般消費者が“遺伝子解析”への不信感を募らせる可能性も危惧されている。

そんななか、2013年に日本で初めて、個人向けの遺伝子解析サービスを展開する会社が誕生した。当時、東京大学大学院博士課程に在籍していた高橋祥子氏が立ち上げたジーンクエストだ。「このまま遺伝子解析のリスク面だけが先に広まってしまって、それがもたらすメリットを享受できなくなってしまったらあまりにもったいない。ゲノムの世界がゆがんで伝わってしまう前に、世界中の研究結果を社会に役立て、さらにそこで蓄積されたデータを研究に還元するシナジー効果を生み出していきたい、と考えたとき、起業は自然な流れでした」(高橋氏)

ジーンクエスト 代表取締役 高橋祥子氏

とはいえ、当時の高橋氏はまだ学生。「ゲノムの研究を持続的に発展させるためには、一般の人々を正しく巻き込むサービスの構築が不可欠」という一心で、博士課程2年の時点で修了できないか教授に掛け合うも、前例がないことを理由に却下される。結果、学生と社長の二足のわらじを履くことになった。ちなみに、このときの高橋氏の訴えはのちに実り、現在は一定の要件を満たしさえすれば博士課程2年で修了できる制度ができたという。

こうして、ごく自然な形で東京大学発ベンチャーとなったジーンクエストだが、「ビジネスのためだけではなく、遺伝子分野でビジネスと研究のシナジーを生み出す」創業スピリットが、サービス内容にも反映されている。ジーンクエストでは発足当時から、唾液から抽出したDNAを解析し、生活習慣病からがん、肥満、認知症などの健康リスクや、太りやすさ、骨の強度など体質の特徴を含む約290項目の検査を行っている。ここで得られた情報を基に、「自分の体質」や「かかりやすい病気」を把握し、予防に役立てることができるというものだ。

実際に検査を受けたカスタマーからは、「遺伝情報を知ることで、健康管理に役立つ」「食事量や運動量の調整がやりやすくなった」などの声が上がっており、希望者にはクリニックの紹介も可能といった医療連携も行われている。それまでの遺伝子解析サービスでは、冒頭で触れた科学的根拠の薄いものやダイエットに関連した遺伝子、化粧品開発など美容関連の遺伝子数十項目に限定されることが多く、疾病予防を視野に見据えた「解析可能な項目数の多さ」「東大での研究をベースにした学術的信ぴょう性の高さ」は、もともと競合他社のなかで群を抜いていた。

ジーンクエストの遺伝子解析サービスの強みとは

最近では、大手IT企業が同様に個人向けの遺伝子解析事業に進出し、解析項目の多いサービスも受けられるようにはなってきたが、ジーンクエストには他社にない大きな特徴がある。一度遺伝子検査を受けたカスタマーは、無償で追加サービスを受けていけることだ。こうしたサービスが有料となる他社とは、異なるポイントである。ではなぜ、このサービスが意義を持つのか。

製品イメージ。生活習慣病からがん、肥満、認知症などの健康リスクや、太りやすさ、骨の強度など体質の特徴を含む約290項目の検査が可能

「ヒトのゲノム(遺伝情報の全体)は約30億個の配列から成立しています。そのうち、遺伝子の働きが解明されているのは、ごく一部に過ぎません。遺伝子ではないけれど遺伝子の働き方を調節する部分や、まだ未知の働きをしている部分がたくさん存在するのです。今、遺伝子解析の技術の進展は目覚ましく、文字どおり、毎日毎日新しい情報が更新されています。今日わからないことも、明日にはわかるかもしれない。つまり、検査時にはわからなかった遺伝子情報、ノーマークだった情報が、半年後、1年後には意味を持ってくる可能性があるのです」(高橋氏)

遺伝子の配列は変わらないが、人間の知識・研究が進化すれば、それだけ読み取れる情報は増え、その知見を活かした解析結果も変化していく。そして今、私たちは、未知の情報が加速的に解き明かされていく流れの真っただなかにいる。今この時点での解釈が、どんどん上書きされていくサイクルには、想像を超えた可能性が秘められているのだ。

高橋氏は「検査時の一度限りの解析ではなく、継続的に解析結果を更新してカスタマーに届けていけることが私たちの強みのひとつです。その意味では、国内には競合はいません」と語っている。まさに、研究と一体化したビジネスならではのサービスであり、こうした質の高いサービスが提供されることで、研究の発展に欠かせないヒトゲノムのデータの蓄積も加速する。研究の発展がビジネスを進化させ、ビジネスの進化がさらに研究を発展させていく好循環を生み出す仕組み。これが高橋氏の言う「ビジネスと研究のシナジー効果」なのだ。

このように遺伝子市場の先駆者として歩む同社の今後の展望について、高橋氏は「当面の目標は遺伝子検査市場を拡大させること。2017年までに20万人の日本人およびアジア人遺伝子情報データベースを構築し、アジア最大の遺伝子検査企業になることを目指します」と語る。

また、昨今では遺伝子の個人差を考慮に入れたテーラーメイド化のニーズが、医療機関や製薬企業に加え、化粧品企業、食品企業などにも広がりを見せている。製品開発の新機軸のひとつとして、熱い視線を注ぐ企業も少なくない。「当社に蓄積される遺伝子情報は、テーラーメイド商品やサービスに応用可能なものです。こうした企業と連携し、新しいサービスを生み出していく予定もあります。現在、特定の栄養成分と遺伝子との応答性について、具体的なプロジェクトが進んでいます」と、高橋氏は遺伝子情報の汎用化にも積極的に取り組む姿勢を示している。日本の先駆者からアジアの先駆者へ。ジーンクエストの更なる飛躍に、引き続き注目したい。