慶応義塾大学(慶応大)と味の素は2月6日、ヒトiPS細胞を用いた臨床応用の普及を目指した研究の成果として、未分化iPS細胞を安価に大量培養するための汎用培地の開発に成功したと発表した。

同成果は、同大医学部循環器内科の福田恵一 教授、藤田淳 特任講師、遠山周吾 助教、味の素の岡元訓 主任研究員らによるもの。研究は科学技術振興機構(JST)再生医療実現拠点ネットワークプログラムの「再生医療の実現化ハイウェイ」などからの助成を受ける形で行われた。

あらゆる細胞に分化出来る能力(多分化能)を持っており、再生医療への応用が期待される「ヒトiPS細胞」。その能力を保ちながら細胞を大量に増殖させるためには培養液が必要だが、その培養液は目的とする細胞の種類により異なり、かつ高価であるため、大量の再生細胞を威力する必要がある心筋細胞などの分野では大量の費用が必要となるため、実用化に向けてはその解決が大きな課題となっていた。

例えば成人の心臓は1×109個から1010個程度の心筋細胞からできていると言われており、難治性重症心不全を治療するためには1×108個から109個の心筋細胞を移植する必要があり、現在の手法を用いて再生医療で賄おうとすると、その費用は膨大な額となる。今回の研究はそうしたコスト面での課題を解決することを目指したもので、同大医学部が提供した高品質のiPS細胞株、培養技術、未分化性評価法、細胞代謝解析技術に加えて味の素の培地解析に関するノウハウを併せることで、高機能ながら低コストな培地の作製を目指したものだという。

具体的には、動物由来の成分を含まない培地である「無血清培地」にどういった栄養素や細胞増殖因子などを添加すると、iPS細胞が未分化能を安定して維持しながら、効率よく増殖出来るのかについての検討を実施。ヒトiPS細胞が必要とする培養液の栄養素であるアミノ酸やミネラル、ビタミン、糖、脂肪、成長因子などの組成の最適な組み合わせを検討し、その各栄養素がそれぞれどの程度の量が必要で、そのコストがどの程度かなのかの解析も実施。高価な栄養素をどの程度低減できるのかなどの作業を行い、培養に必須な成分のみを組み合わせ、高コスト因子の低コスト化や代替因子への置き換えなどによる最適化を図った培養液を開発、約1年間の試験培養を実施した結果、既存の未分化iPS細胞用培地の製造コストに比べ1/3で生産できることが可能であることが確認されたという。

今回の研究では未分化iPS細胞に必須な栄養素を解析し、汎用大量培養液の開発に成功した

また、実際に最適化された培養液と既存の高価なiPS細胞用培地を比較したところ、ヒトiPS細胞の未分化状態を維持しながら、iPS細胞やES細胞を培養する際に培養条件を整えるために基質となる線維芽細胞である「フィーダー細胞」の有無に関わらず、効率的に維持培養できることが確認されたという。

慶応大医学部と味の素で共同開発した差異的化培地「AS101培地」を用いてヒトiPS細胞を培養し、未分化維持を確認した

さらに、ヒトiPS細胞の細胞株を増やして研究を進めたところ、どのタイプのヒトiPS細胞に対しても有効であることが確認されたという。

なお、研究グループでは現在、培地中の栄養成分の種類、量、濃度を調整し、有効成分を添加することで増殖率、未分化状態の維持の安定化などの解析を進めているとのことで、今後、培養液のさらなる最適化を目指すとしているほか、培地中のさまざまな栄養成分をiPS細胞に届ける有望な新規物質も開発中だとしており、これを培地中に組み合わせた場合、再生医療に必要なiPS細胞の培養コストはさらに改善されることが期待できるようになるとしている。

新規キャリア素材を起用してiPS細胞に栄養成分を届ける技術を開発している

また、慶応大では、iPS細胞を用いた重症心不全の再生医療の実現を目指しており、今回の研究成果はその実現に向けた大きな一歩になるとの考えを示しており、さらなる技術開発を行っていきたいとコメントしている。