日本の大型脳研究として進められている"脳プロ"

BSIは理研 和光研究所に各種施設があり、中央、東、西、池の端、神経回路遺伝学の5つの研究棟がある(画像4)。各棟に実験動物施設および共用実験施設が設置されており、また汎用性が高くて高額な機器を共用研究機器として整備している。実験動物の豊富な収容能力も特徴で、4テスラ機能的MRIや光トポグラフィ装置、遺伝子発現解析システム(マイクロアレイ)などの保有共用研究機器も充実しているのが特徴だ。

画像4。理研和光研究所のBSI関連の研究棟の地図(公式WebサイトのPDF「RIKEN BSIへのアクセス」より抜粋)

そして日本の大型脳研究とBSIの役割について。日本の大型脳研究は、現在2008年度からスタートした「脳科学研究戦略推進プログラム」(脳プロ)がある。脳プロの現状は画像5の通りだ。また、「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」も現在構想中である。この新しい構想の背景には、欧米において大金を投じた脳研究が実施中、もしくは実施秒読みとなっていたりするからだ。

画像5。脳プロの現状

具体的なプロジェクトとしては、まず米国が2014年から始めるのが「Brain Initiative Project」。モデル動物を使用して神経回路の全容解明を目指すというもので、10年間で30億ドルの予算を有するという。欧州では24カ国150機関が参加する「Human Brain Project」が2013年からスタート。EUの旗艦研究プロジェクトで、10年間で10億ユーロの予算がつけられている。実験で得られたデータを基にヒトの脳をコンピュータで模擬的に再現し、新しい情報やコミュニケーション技術、ロボット技術、精神神経疾患の新しい治療法を目指すというものだ。日本からも、理研(BSI)と沖縄科学技術大学院大学が協力機関として参加している。

これらに対抗し、日本が脳科学研究で後れを取らないようにするために構想されているのが「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」なわけだが、社会性などのヒト高次脳機能を理解するためには、分子レベルのミクロな研究と脳画像レベルのマクロな研究のギャップをつなぐ研究が必要となるという。

ヒトに近い高次脳機能を有し、遺伝子操作が可能な霊長類は、これらギャップをつなぐ研究モデルとして極めて有用だとする。日本が世界に対して強みを持つ霊長類の遺伝子操作技術、工学系技術などのさらなる効率化・高度化を行うことで、霊長類の高次脳機能を担う神経回路の全容をニューロンレベルで解明し、精神・神経疾患の克服のための基盤を構築するとしている。イメージするところは、画像6の通りだ。

画像6。革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクトの詳細

神経回路研究科というのは、高次脳機能や心の働きは神経回路の機能に基づいている。そして、その異常はさまざまな精神神経疾患にも関係するのはいうまでもない。つまり、神経回路の全容解明が、高次脳機能や精神神経疾患研究への有効なアプローチとなるのである。

なお、「(ノーベル化学賞を2008年に受賞した下村脩博士による)緑色蛍光タンパク質の神経科学への導入」と、「神経回路操作技術の開発」の融合による「オプトジェネティクス」の出現がこれまでの脳科学のターニングポイントとなったするが、それでもまだ脳科学は難しく、現在直面している壁があるという。

まず、これまでに開発されてきた観察技術では、脳の表面をほぼ2次元的にしか適用できないということがある。脳はいうまでもなく3次元構造を備えているが、生きたままの状態で深部の活動を観察する手段がないのである。つまり、高次機能と巨大な脳を持つ霊長類への適用が困難、というわけだ。

またもう1つの壁として、ビッグデータ解析手法の欠落を上げる。画像データをリアルタイムに取得するような技術が開発されてきたが、逆に大量のデータが保存されるため、それの迅速な解析が困難であり、データベースの構築方法が不完全だという。

こうした壁を越えるためには、他分野との協力・融合による革新的技術の開発が必要だとする。そうした中、日本は欧米に対しても強みを持っていることから、それを活かして、脳科学の新しい次元を目指すというわけだ。

なお、これまでのBSIの主立った成果として、「プロ棋士の直感は、脳の尾状核を通る神経回路に導かれることを発見」(画像7)、「脳組織を透明化する技術(ScaleA2)の開発」(画像8)などが紹介された。興味のある方は、弊誌でも記事を掲載しているので、リンク先をご覧いただきたい。なお、マイナビニュースのサイエンス系の記事としては、これまでBSIが関係する記事は59本ほどが掲載されている。

画像7(左):プロ棋士の直感は、脳の尾状核を通る神経回路に導かれることが発見された。 画像8(右):脳組織を透明化する薬剤「ScaleA2」が開発された

また、BSIの施設見学ツアーは、BSIの施設としては最新の神経回路遺伝学研究棟(4階建て9500平方m)にて行われ、研究室の様子(画像9)や、マウスケージ自動洗浄システム(画像10)などを拝見することができた。同棟には6研究室120スタッフ席が1階にあり、2階はマウス(3スイート)およびラット(1スイート)の行動解析室、イメージング実験室、ケージ洗浄室、3階はマウス(3スイート)およびラット(1スイート)の飼育室、動物実験室(2スイート)、胚操作室、検疫室となっている。なお4階は資料がない。ちなみに、1飼育スイートは6飼育室で構成。1行動解析スイートは6実験室+1処置室+1飼育室という構成だ。またマウスは1万4980ケージに7万4900匹が、ラットは1440ケージに4320匹が飼育されている。

画像9(左):研究室の様子。画像10(右):マウスケージ自動洗浄システム