理化学研究所(理研)は12月20日、極性を持つ(上下の反転対称性が破れた)3次元の半導体物質「BiTeI(Bi:ビスマス、Te:テルル、I:ヨウ素)」を使い、3次元物質における電子スピンのベリー位相を検出したと発表した。
同成果は、同所 創発物性科学研究センター 強相関量子伝導研究チームのハロルド・ファンチームリーダー、村川寛客員研究員、強相関理論研究グループの永長直人グループディレクター、モハマド・サイード・バーラミー客員研究員、強相関物性研究グループの十倉好紀グループディレクター、金子良夫上級技師、東京大学 国際超強磁場科学研究施設の徳永将史准教授、小濱芳允特任助教、スタンフォード大学のクリスベル助教らによるもの。詳細は、米国の科学雑誌「Science」のオンライン版に掲載された。
図1 BiTeIの結晶構造。Bi、Te、I原子がそれぞれ三角格子を形成し、それらが順番に積層している。このため、積層方向に対して反転対称性が破れた極性構造を取る。さらに、結晶を構成する重元素による強いスピン軌道相互作用が加わることで、大きなラシュバ効果が3次元で実現している |
量子力学で、状態空間の幾何学的性質によって定まるベリー位相は普遍的な概念である。物質中の電子波動関数に含まれるベリー位相は、物質を理解するために重要な情報が含まれており、身の周りの様々な量子現象と密接に関わっている。最近では、電子スピンが作り出す渦やねじれなどの幾何学的構造(電子スピンのトポロジー)が生み出す現象の潜在性が理論的にも応用的にも広く注目されており、電子スピン由来のベリー位相の研究が盛んに行われている。しかし、その実験的な検出は容易ではなく、定量的な評価にも多くの問題点が残されたままだった。
研究グループは、極性半導体BiTeI単結晶のシュブニコフドハース(SdH)振動(電気抵抗率が磁場の関数として振動する)を測定し、3次元物質のラシュバ型スピン構造が有するベリー位相の検出に成功した。スピン方向に依存した電子状態のエネルギー分裂により、内側と外側に2つのフェルミ面が形成され、それぞれ回転方向が逆の環状スピン構造が現れる。環状スピンの幾何学性により、ベリー位相値はπ(=180度)となる(量子振動が反転する)ことが理論的に予想されていたが、今回これを実験的に証明することができた。
SdH振動測定によるピーク位置の解析は、ベリー位相の評価に使われる一般的な手法である。従来のラシュバ型物質では、そのスピン分裂エネルギーが小さく、2つのスピン偏極フェルミ面の大きさ(図3でそれぞれの環状スピンの囲む面積)に顕著な差が現れないため、それぞれの電子状態のSdH振動を解析可能な形で分離できなかった。これに対し、重元素で構成されるBiTeIではスピン軌道相互作用がとても強く、3次元の極性構造中で巨大なスピン分裂エネルギーが発生するため、2つのスピン偏極フェルミ面の大きさに明確な差が現れる。その結果、それぞれのフェルミ面由来のSdH振動を完全に分離して位相値を解析できることに加え、強磁場中でもラシュバ型環状スピン構造が安定して存在する(スピンを磁場方向に平行に揃えるゼーマンエネルギーよりもラシュバ型スピン分裂エネルギーの方がはるかに大きい)ことから、ベリー位相を定量的に求めることが可能となった。
今回の研究では、電子スピンのベリー位相の存在を明らかにするとともに、その値が電子スピンのトポロジーの情報を如実に反映していることを示した。ベリー位相の定量解析によって電子スピン状態を読み解くことが可能となれば、電子スピンのトポロジーが絡んだ多様な物性の理解に向けて大きく前進するものと期待されるとコメントしている。