東京大学(東大)は8月15日、「光量子ビット」に「光の波動の量子テレポーテーション」を適応させる手法を用いることで、世界で初めて完全な光量子ビットの量子テレポーテーションに成功したことを明らかにした。

同成果は同大工学系研究科の古澤明 教授、武田俊太郎大学院生、独ヨハネス・グーテンベルグ大学マインツのヴァンルック准教授らによるもの。詳細は8月15日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature」に掲載された。

半導体の進化を支えてきたプロセス微細化の物理的限界が見えてきた近年、さらなる高性能な情報処理を実現する技術の確立が求められるようになっている。その中の技術の1つとして量子力学の原理を応用した量子コンピュータの実現が期待されている。

2013年に入り、GoogleがカナダD-WAVEが開発した量子コンピュータを導入すると発表するなど、すでに量子コンピュータが実現されているとする動きもあるが、一方でそれは量子コンピュータではないという反論も起こっており、D-WAVEのシステムが100%量子コンピュータであるという結論はまだ出ていない。

そんな量子コンピュータを用いた超高性能な量子情報処理の実現に向けた課題の1つが、光子に乗せた量子ビット(光量子ビット)の信号を、ある送信者から離れた場所にいる受信者へ転送する技術「量子テレポーテーション」の実用化である。

光量子ビットによる量子テレポーテーションの装置そのものは1997年にすでに開発されている。しかし、当時の装置は、転送後の光量子ビットを測定し、都合の良い事象のみを選び出す"条件付き"で転送成功が保証されるという問題があり、これにより、光量子ビットは転送後に測定されて失われ、その後の情報処理に利用できないという課題があった。

また、量子ビットの転送効率が極めて低いという点も実用化を困難にさせる課題となっていた。この課題は最新技術を活用したとしても、手法そのものが変わらない限り、100個の量子ビットを送信したとしても、正しく受信される量子ビットは1個未満と見積もられるとのことで、もし有益な量子情報処理を実現しようとすれば、装置を複数台組み合わせる必要が出てくるが、数の増加とともに効率は限りなく0に近づくため、大規模化は困難であったという。

こうした問題はこれまで未解決のままであり、研究グループは今回、これらの課題を解決することを目的とした研究を行った。

具体的には、従来の手法の延長や改良ではないまったく新しい「光の波動の量子テレポーテーション技術」を考案(光の波動の量子テレポーテーション技術そのものは1998年に考案されている)、それを光量子ビットに適用させることで、光量子ビットのような光子の状態ではなく、光の波としての状態(振幅や位相)を転送するハイブリッド方式を採用した装置を開発。これにより、従来のような条件付きでない、無条件の転送が可能となったほか、量子テレポーテーションで用いる量子エンタングルメントを、高エネルギーの光ビームを結晶中で2つの光ビームに変換する過程を用いて常に生成する技術を用いることで常時動作(動作確率100%)を実現したという。

また、従来の高エネルギーの光ビームを結晶中で2つの光ビームに変換する過程を用いて常に生成する技術は、物理的制約から完全な量子エンタングルメントを生成することができない不完全性から、転送時に光の波動に雑音が加わってしまうという問題があったが、それを光量子ビットに対して適用することで、それを解決し、無条件・高効率で、かつ量子ビットの情報を雑音で乱すことなく転送することを可能にしたという。

今回の実験のイメージ図。光子の量子ビット(黄色い粒子として描写)が左から次々と量子テレポーテーションの送信機へ入射し、送信機内で消滅する。消滅した量子ビットは受信機側に現れ、右へ出力される。ここで、送信機から受信機へは、直接(光ファイバーなどで)量子ビットを送っているわけではないということがポイントとなる。量子ビットの伝達は、あらかじめ送信機側と受信機側で共有した量子エンタングルメントと、古典情報チャネルを組み合わせて行われる。また、受信機側の古典情報チャネルゲイン(2つの円形のノブで表示)を調整することで、量子ビット伝送性能を高めることができるという

さらに研究グループは、同技術と光量子ビットの組み合わせでは、従来の量子ビットテレポーテーション装置には存在しない古典情報チャネルゲインを適切に調整することで、量子ビットの情報を劣化させることなく転送できることを発見・実証しており、達成した量子ビット転送効率は従来方式の100倍以上となる約61%と見積もることにも成功したとする。

実験セットアップの概要。最初に光量子ビット信号を生成し(青枠の部分)、それを連続量量子テレポーテーション装置により送信者側から受信者側へ伝送する(緑枠の部分)。伝送後の出力量子ビットの信号を測定して読み出し、正しく量子ビットが伝送できているかどうかを検証する(橙枠の部分)(図中の2カ所のgは古典情報チャネルゲインを表している)

研究グループは今回の成果を受けて、今回開発された技術を活用することで、あらゆる量子情報処理へ量子ビットの量子テレポーテーションの応用展開が可能になるとするほか、同時に飛躍的な転送効率の向上も原理的に可能になるため、量子通信や量子コンピュータなど、量子情報処理システムの実用化進展にブレークスルーとなる可能性が高いとしている。そのため今後は、技術や装置の改良を進めることで、より高エネルギーの光を用いて高品質な量子エンタングルメントの生成を実現できるようにすることで、原理的に100%近くにまで転送効率を高めることが可能になると期待されるとするほか、同システムを拡張したより高度な量子情報処理システムの開発へに結び付けたいとしている。

実験系全体の様子。4.2m×1.5mのサイズの光学テーブル上にミラーやレンズなどの光学機器を配置し、レーザー光の経路を組み立てている。なお、実験に用いられたミラー・レンズは500枚以上で、光学テーブル上部には、システムをモニター・制御するための機器が配置されている

光学テーブル上の様子。1個1個のミラーやレンズは精密な設計の上で配置されている。わずか数十cmのレーザー光の経路にも多数のミラーやレンズが必要となるという

量子テレポ―テーションの実験結果。量子テレポーテーションを行う前(a:入力)と行った後(b:出力)の量子ビットの状態(光子の統計性)を密度行列で表示したもの。aとbの類似度を比較することで、量子ビットがどの程度の効率で転送されたのか、および量子ビットの情報を正しく転送できたのかを確認することができる。aとbそれぞれにおいて、赤い4本の棒が量子ビットの成分を表しており、このグラフからは入力と出力で同じ位置に量子ビット成分が現れており、量子ビットの転送に成功していることを読み取ることができる。量子テレポーテーション後では赤の成分は入力よりも減少し、代わりに青い成分(量子ビットが存在しない成分)が増えているが、これは転送効率が100%ではないことを意味しており、今回の実験では入力に69%、出力に42%の量子ビット成分が含まれ、転送効率はおよそ61%であることが示された