科学技術振興機構(JST)は7月23日、太陽電池に適した低コストで毒性が少ない半導体ナノ結晶を、資源が比較的豊富で安価な元素である銅、アンチモン、硫黄を用いて合成し、その作り分けにも成功したと発表した

同成果は、オーストラリア ロイヤルメルボルン工科大学(RMIT)の橘泰宏上級准教授らによるもの。RMIT大学 応用科学科 ケイ・レイサム上級准教授、オーストラリア連邦 科学産業研究機構(CSIRO)のジョウル・ヴァン・エムデン博士、ノウル・ダフィー博士らと共同で行われた。詳細は、米国の化学会誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載された。

半導体ナノ結晶は、高い光吸収特性など優れた光学特性および電子特性を持つことから、生体イメージングや発光デバイスだけでなく、最近では太陽電池へ利用するための研究開発が活発に進められている。特に、溶液中における化学反応を利用して合成されるコロイド状半導体ナノ結晶は、塗布型印刷プロセスを用いた安価な太陽電池の作製に利用可能なことから、次世代の太陽電池材料として注目を浴びている。しかし、これまで合成されたコロイドナノ結晶の主な種類は、カドミウムや鉛など毒性の高い元素を含む半導体に限られていた。

図1 コロイド状半導体ナノ結晶の生成。一方の元素を含む反応前駆体溶液を加熱し、他方の元素を含む前駆体溶液を添加することで、コロイド状半導体ナノ結晶溶液を作製する

EUでは、人体や自然環境にとって有害な化学物質をTVやPCなどの電気製品に使用することを禁止した「RoHS指令」が2006年に施行された。これにより、鉛、水銀、カドミウムなどの強い毒性物質が禁じられ、他の国にも規制は広がっている。このため、より低い毒性元素を含み、しかもインジウムなどの希少で高価な元素を使用しない半導体ナノ結晶の開発が望まれていた。

近年、カルコゲナイド系の化合物半導体Cu2ZnSnS4(CZTS)、黄鉄鉱(Fe2S)、硫化スズ(SnS)などの半導体ナノ結晶の開発が報告され始めている。これまでに、橘上級准教授とヴァン・エムデン博士らは、低毒性で安価なアンチモン(Sb)元素に着目し、銅、アンチモン、硫黄の3元素から成る半導体ナノ結晶を作製していた。しかし、半導体ナノ結晶の合成に必要とされるナノ結晶のサイズや構造の制御、合成の詳細な条件、光学特性、電気特性などの多くの因子に関して、明らかになっておらず、また自在に結晶を作り分けることはできなかった。

2種類の元素の半導体と比較して、3種類の元素を用いた半導体ナノ結晶の合成は、元素を1つ増やすために検討しなければならない条件因子が大幅に増える。また、半導体形成条件が制限されるために、最適な条件を探ることが非常に困難となる。

そこで今回、研究グループでは、反応前駆体の種類、濃度、反応温度並びに結晶核生成、成長条件などの様々な実験条件を詳細に検討した結果、銅、アンチモン、硫黄を含む半導体で、「安四面銅鉱(Cu12Sb4S13)」と「ファマチナ鉱(Cu3SbS4)」と呼ばれる異なる結晶構造を持つナノ結晶を、サイズを制御しながら作り分けることに成功した。また、実験条件を細かく設定することにより、ナノ結晶の構造制御が可能であることを明らかにした。さらに、硫黄の割合が小さい安四面銅鉱は、硫黄を含む反応前駆体の濃度をより低くすることにより生成しやすくなることが分かった。加えて、単一の構造を持つナノ結晶を選択的に合成するためには、反応温度の微妙な調整が必要なことも分かったとしている。

図2 合成条件によるナノ結晶構造への影響(左)と合成されたナノ結晶の写真(右)。1.安四面銅鉱、2.ファマチナ鉱。銅、アンチモン、硫黄の前駆体並びに溶媒などを選択し、適切な濃度と温度を調整することにより、銅、アンチモン、硫黄の3元素を含む半導体ナノ結晶の合成に成功。硫黄を含む反応前駆体の濃度をより低くすることにより、安四面銅鉱ナノ結晶が生成しやすくなった

安四面銅鉱ナノ結晶に注目してみると、コロイド溶液の状態では黒茶色を呈し、広波長領域の光を吸収することが可能なため、太陽電池の光吸収材として適している。透過型電子顕微鏡を用いてナノ結晶を観察してみると、サイズの均一にそろったナノ結晶が合成されていることが分かり、さらに高分解能顕微鏡では、格子間隔が2.98Åの典型的な安四面銅鉱結晶面の一部を示すことが分かった。一方、反応温度などの因子を制御することによって、ナノ結晶のサイズを自由に選択することができる。この他、このナノ結晶コロイドを用いて、塗布法により薄膜を簡単に作製可能であることが分かり、安定に光電流を生じることも確認したという。

これらの結果から、銅、アンチモン、硫黄を含む半導体ナノ結晶は、太陽電池材料として、安価かつ低毒性で、簡易溶液プロセスが利用できるため、デバイスへの応用に道を切り開いたといえるとコメントしている。

図3 安四面銅鉱ナノ結晶の観察。(a)ナノ結晶溶液、(b)ナノ結晶の透過型電子顕微鏡写真、(c)単一ナノ結晶の高分解能透過型電子顕微鏡写真、(d)3種の異なるサイズを合成したナノ結晶サイズの分布図。反応条件を詳細に検討することにより、5~20nm内で選択可能なサイズのそろった安四面銅鉱ナノ結晶コロイド溶液を作製することが可能となる。このコロイド溶液は、広波長領域の光を吸収することが可能な黒茶色に発色しており、太陽電池の光吸収材として適していることを示している

図4 ナノ結晶の塗布膜写真(左)と膜の光電流応答特性(右)。コロイド溶液は、あらゆる基板上に塗布するだけで薄膜を作製することが可能。写真は、透明導電性電極上に、安四面銅鉱ナノ結晶を塗布した薄膜(膜厚:約90nm(左)と約180nm(右))。また、右のように、これら新規に作製した薄膜に光を照射すると、安定に光電流を生じることが分かった

今後は、合成に成功したナノ結晶を用いて、実際に溶液塗布プロセスによる太陽電池を作製し、光吸収材や電荷輸送層としての有効性を検討することで、安価な太陽電池の作製を目指すとしているほか、今回の研究で用いたコロイドナノ結晶合成法は、他の金属元素にも応用可能であり、低毒性で安価な様々な種類の元素を用いた半導体ナノ結晶の開発にも寄与することが期待されるともコメントしている。