日本原子力研究開発機構(JAEA)は2月22日、欧州と共同で進める核融合炉の原型炉の早期実現を目指す「幅広いアプローチ(BA: Broader Approach)活動」において、核融合炉の材料開発のために必要な炉の環境を模擬するための中性子照射源を開発するため、中性子発生効率が高い(液体)リチウムを扱う世界最大クラスの流量を有する流動試験装置を茨城県大洗町に建設し、凹面形状の背面壁に沿って流下する幅100mm・厚さ25mmの「自由表面(容器の壁や配管と接していない液面)リチウム」を、秒速20mという高速で安定的に生成することに成功したと発表した。

画像1。茨城県大洗町に建設された世界最大流量を有する液体リチウム流動試験装置

画像2。幅100mm・厚さ25mmの自由表面リチウム

核融合炉の材料は、核融合反応で生成された高エネルギーの中性子に曝されることから、必要とされる材料を開発するために、核融合相当の大強度の中性子を発生させ、候補材料へと照射試験を行うための施設「国際核融合材料照射施設(IFMIF)」の建設が検討されており、核融合エネルギーの早期実現を目指し、ITERを補完すると共に、ITERの次のステップである原型炉の早期実現を目指した研究開発プロジェクトであるBA活動では、この建設に向けた工学実証・工学設計活動として2007年6月より、国際核融合エネルギーセンター、国際核融合材料照射施設(IFMIF)に関する工学実証および工学設計活動、サテライト・トカマク計画の3つの事業が実施されている。

IFMIFでは、40MeVに加速した重水素ビームを、中性子発生効率が高いリチウム(幅260mm・厚さ25mmの自由表面リチウム流)に入射させて、核融合反応と類似したエネルギー分布を持つ高エネルギー中性子を発生させることが計画されている(画像3)。

画像3。IFMIF装置の概要

最大1万kWの重水素ビームをリチウムに連続的に入射させるため、入熱に対してリチウム形状を一定に維持することが、定常な中性子源を実現する上で重要とされているが、固体リチウムでは、除熱が難しいため入熱に対して形状を一定に維持することが不可能であるため、リチウムを250℃から300℃の高温環境下で液体状にし、湾曲した凹面形状の背面壁に沿って、秒速15mの速さで安定的に流すことにより、リチウム流内の圧力を遠心力で高めて重水素ビームの入熱による沸騰を防ぎつつ、リチウム流の循環により除熱することで、固体では不可能な入熱時の形状維持を可能とし、定常な中性子源を実現するという仕組みだ。

画像4。IFMIFの液体リチウム流動部(重水素ビーム照射部)の模式図

具体的には、重水素ビームの幅(200mm)で決まる幅260mm、および40MeVの重水素ビームが十分に停止する厚さ25mmの自由表面リチウム流を、15m/秒以上の速さ、かつ厚さの変動を±1mm以下に抑えて安定的に生成する必要があるとされており、これまでは、小流量(約800l/分)の試験装置を用いて基礎的な実験が行われてきたいたが、大流量かつ高速になればなるほどリチウム流に乱流が生じやすくなり気泡の発生などの影響から、リチウムの流れが不安定となり厚みの変動が大きくなるため、実規模での高速流の実証が課題とされていた。そのため、BA活動では、世界最大クラスの流量を有する液体リチウム流動試験装置を建設し、大流量(3000l/分)で安定して15m/秒を超す20m/秒での実証を目標と活動が進められてきた。

今回の研究では、大流量において湾曲した凹面形状の背面壁に沿ったリチウム流を安定化させるために必要な流路形状の最適化を、これまで水を用いた模擬試験や小流量試験などの大学などとの共同研究によって積み重ねられてきた基礎技術を発展させ、リチウム流を安定化させるための最適な噴出部分の流路形状を流体計算などの結果から明らかにしたという。

実際にJAEA大洗研究開発センターにて試作された液体リチウム流動試験装置の流路は、5軸加工技術を用いて凹面壁に沿って高速で安定に流すためのノズルを2段階の絞り構造にし、それに直線部と緩やかな曲率変化を持つ凹面形状の背面壁を接続した。

画像5(左)・6(右)は、5軸加工技術により高精度にリチウム流を安定化させるための最適流路形状に加工された部品

画像7。液体リチウムの流動試験装置の構造(単位はmm)

また、重水素ビームを入射させるターゲット部においては、IFMIF実機と同じ25mmのリチウム流の厚みを有しているほか、実機での挙動を十分見通せるよう100mmのリチウム流の幅を有するように作られ、流路の高さも、リチウム流を不安定化する要因となるポンプ周りに発生する泡をリチウム流の重力で押しつぶして消すために必要な高さを考慮することで、全高20mとなっている。

実際に同装置を用いたリチウム循環試験(最大約3000l/分まで)では、正圧の条件下において実証目標最大値であるリチウム流速20m/秒を安定に生成することに成功しており、これにより、流動特性を評価する上で最大の課題が解決されたことが示されたという。 なおJAEAでは今後も引き続き同装置を運転し、IFMIFと同じ真空条件下での高速自由表面流を実証すると共に、IFMIF建設に必要となる技術詳細を明らかにするためのデータなどを取得する予定だとしている。また今回の成果は、がん治療などを目的とした「ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)」用の照射施設の開発にもつながることが期待されるとしている。