東京大学は、電子顕微鏡による超薄連続切片技術と3D画像再構築技術とを組み合わせて、淡水産の単細胞性緑藻の1種の「ヘマトコッカス藻」がストレス条件下で培養された際に抗酸化作用のある物質「アスタキサンチン」やそれを含むオイルを蓄積していく仕組みを明らかにしたと発表した。
成果は、東大大学院 新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻の河野重行教授、同・大田修平特任助教(JST-CREST)らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、現地時間1月11日付けで米オンライン科学誌「PLoS ONE」に掲載された。
バイオ燃料は生物資源由来のエタノールやディーゼル燃料などを指し、カーボンニュートラルな再生可能資源であることから、将来の有望なエネルギー源として期待されている代替えエネルギーの1つだ。
とりわけ藻類は、穀物など食料作物との競合がなく、またバイオ燃料以外にもデンプンなどの付加価値の高い有用物質を生産する点で注目されており、近年、バイオマス利用のための研究が盛んだ。
今回の研究で対象となったヘマトコッカス藻は、ボルボックスの仲間の単細胞性緑藻類だ。強光などのストレス条件下で培養すると、カロテノイドの1種で前述したように強い抗酸化活性を持つ赤色の色素の抗酸化物質アスタキサンチンを生産することが知られている(画像1・2)。アスタキサンチンは、医薬品・健康食品・化粧品や色揚げ用飼料の成分として知られた抗酸化物質だ。
ヘマトコッカス藻「Haematococcus pluvialis」の細胞のアスタキサンチン蓄積の様子。通常は画像1(左)のように緑藻なので緑色をしているが、ストレス下では画像2のようにアスタキサンチンを蓄積して真っ赤な休眠状態の細胞の「シスト」になる |
アスタキサンチンは「β-カロテン」などと同じくカロテノイドの1種だが、β-カロテンの5倍、ビタミンEの110倍、ビタミンCの6000倍以上という非常に強い抗酸化活性があるとされており、医薬品、健康食品、化粧品などへの商業利用が進んでいる。また、サケやマスなどの養殖魚や鶏卵の色揚げにもなくてはならないものになっている。
研究グループは、ヘマトコッカス藻の「栄養細胞」がストレス条件下でアスタキサンチンを蓄積し、環境ストレスに耐性のある休眠状態の細胞であるシストに変化する過程を、アスタキサンチンやそれを含むオイルの増減、細胞小器官「オルガネラ」の動態に注目して解析した。
通常、細胞内部の微細構造観察には、解像度の高い透過型電子顕微鏡が用いられる。しかしそれには試料を100nm以下の薄い切片にする必要があり、3次元情報はわずかしか得られない。
また、「電子線トモグラフィー法」で取得できる3次元情報は通常厚み200nm以下であり、小さなものでも約5μmの直径がある単細胞藻類の細胞を丸ごと観察することは不可能だ。
そこで研究グループは、同グループが開発した「連続超薄切片技術」(画像2)と、ラットクシステムエンジリニアリングの3D画像再構築技術を融合させることにより、直径約30μmあるヘマトコッカス藻の細胞丸ごと1個の立体化画像を取得することに成功した。
画像3は、連続超薄切片。1つの細胞を1枚80nmの連続した350枚の超薄切片に切り分け、それらを1枚1枚電子顕微鏡で観察した画像を並べた。これをコンピュータに取り込み、ラットクシステムエンジリニアリングとの共同研究で3D画像に再構築した。
その結果、強光下のシスト化過程でヘマトコッカス藻の細胞内構造が劇的に変化することが明らかになったのである。例えば、アスタキサンチンを含むオイルの体積は0.2%から約52%にまで増加し、一方、細胞体積の約42%を占めていた葉緑体は9.7%にまで減少した(画像3)。
画像4と5は、ヘマトコッカス藻の緑色の栄養細胞と赤色のシストの電子顕微鏡3D再構築画像。
画像3の画像を基に3Dイメージを再構築した、ヘマトコッカス藻の緑色の栄養細胞と赤色のシストの電子顕微鏡3D再構築画像。同じヘマトコッカス藻を昼と夜のある明暗条件(画像4)と昼夜連続照射の強光ストレス条件(画像5)で培養しただけでこれだけ細胞が変化する。赤色で示されている部分がアスタキサンチンを含むオイルで、画像5は非常に多い |
今回の成果は、正確な体積計算が3D画像を用いることで初めて可能になり、それによりアスタキサンチンを含むオイル蓄積の仕組みに関する多くの知見が得られた形だ。この技術は今後、藻類が生産するオイルや有用物質の細胞内蓄積量の推定に不可欠となるだろうと、研究グループはコメント。なお、細胞全体の体積の52%にあたるオイルは、今後、バイオ燃料としても期待されるとしている。