産業技術総合研究所(産総研)は10月31日、液体を強くはじく高はっ水性表面に有機ポリマー半導体溶液を塗布し、材料のロスなく均質に薄膜化する技術を開発したと発表した。
同成果は 同所 フレキシブルエレクトロニクス研究センター 長谷川達生副研究センター長、フレキシブル有機半導体チーム 山田寿一主任研究員、同所 電子光技術研究部門らによるもの。詳細は、英国の学術誌「Nature Communications」にオンライン掲載される。
材料を溶かした溶液を基板表面に塗布して薄膜を形成する塗布法は、真空を必要としない簡易な製膜技術として幅広く利用されている。特に近年、塗布法やこれを応用した印刷法を用いて半導体や金属を製膜し、電子デバイスを製造するプリンテッドエレクトロニクス技術が、電子ペーパーやシート状センサなどの大面積の電子機器を製造する際に、大規模な真空設備を必要としないこと、また、フレキシブルシートによるロール化が容易であることなどにより、今後のエレクトロニクス産業に変革をもたらすと期待されている。
半導体の製膜に塗布法を用いるには、基板表面に均一に半導体溶液を濡れ広げられることが第一の要件となる。一方、TFTは液体を強くはじく絶縁膜表面を持つものを基板として用いると、性能が大きく安定化する。しかし、従来の塗布法では、はっ水性の高い表面により溶液が強くはじかれるため、大量の材料の無駄を避けられないことや、均質な薄膜が得られないことが問題となっていた。このような「液体を強くはじく表面を均一に濡らす」という、一見矛盾をはらんだ問題を解決することが、プリンテッドエレクトロニクス技術の主要な課題となっていた。
産総研では、プリンテッドエレクトロニクスの実現を目指した研究開発を幅広く行っており、その一環として、塗布法に適したポリマー半導体を対象に、はっ水性の高い表面にも製膜できる新たな塗布技術の開発を進めてきていた。代表的な塗布法として知られるスピンコート法は、はっ水性の高い表面では材料がほとんど失われ、利用効率が低い。また、キャスト法やその類似技術でも、はっ水性の高い表面に溶液を濡れ広がらせて大面積かつ均質な薄膜を得ることは困難だった。そこで、異なる物性を有する3層構造のシリコーンゴムスタンプを絶縁膜表面に圧着し、微量の溶液をスタンプと絶縁膜の間に濡れ広がらせて製膜するプッシュコート法を用いた製膜法の開発が進められてきた。
今回開発されたプッシュコート法による製膜プロセスは、プッシュコート法に適したスタンプとして、表面層にPDMS層(両面)、中間層に溶剤浸透を遮断するフッ素系シリコーンゴム層からなる3層構造を持つものを設計・製造して採用。このスタンプは平均的な面粗さが1.20~1.36nmという高い表面平坦性を持つとともに、溶剤吸収に伴う歪みが小さく、溶剤をゆっくり吸収し、しかも表面付近に保持できる。
製膜プロセスは、
- スタンプの圧着によるポリマー半導体溶液層の形成
- スタンプによる溶剤吸収とそれに伴う薄膜成長
- 薄膜からのスタンプのはく離、という3段階プロセスからなる。
図3はシランカップリング剤を用いてはっ水性を大きく高めた膜厚300nmの熱酸化シリコン膜を表面層として持つシリコン単結晶基板(水接触角110度)に、典型的なポリマー半導体(ポリ-3-ヘキシルチオフェン、P3HT)の薄膜をプッシュコート法により製膜したものだ。0.1重量パーセントのポリマー半導体溶液(溶剤はトリクロロベンゼン)約350μlを用いるだけで、約50nmの膜厚、約10cm2の広がりを持つ薄膜を製膜できたという。
今回開発されたプッシュコート法による製膜プロセスの特徴は、温度や時間、溶剤の種類など、条件を変えても製膜できること、はっ水性の高い(表面エネルギーの小さい)表面や長時間にわたる薄膜成長プロセスの後でもスタンプを完全にはく離できることにある。これらは、新たに設計・製造した3層構造スタンプによって可能となった。このスタンプは数分かけてゆっくりと溶剤を吸収し、製膜中は表面層内に溶剤を保持し続ける性質を持つ。スタンプ表面の半濡れ状態が持続するため、スタンプ-薄膜間の固着力は基板-薄膜間の固着力に比べて常に弱く、薄膜を基板表面に完全に残したままスタンプをはく離できる。また、はく離後はスタンプから溶剤は徐々に脱離し、スタンプは繰り返し使用することができるという。
プッシュコート法による製膜プロセスは、平らであればどのような表面にも製膜できるため、様々なパターニング手法を応用することができる。図4は、プッシュコート法を応用した簡易な薄膜パターニングの一例。まず、プッシュコート法によってシリコーンゴム平版に半導体を製膜し、反転印刷法でパターニングした後に、はっ水性の高いゲート絶縁膜表面に転写しており、これによって200ppiの精細度のパターンが形成できたとする。
また、製膜条件を幅広く制御可能なプッシュコート法の特徴を用いることで、ポリマー半導体薄膜の結晶性を改善できることを確認。ポリマー薄膜の結晶性の評価には、高エネルギー加速器研究機構(KEK)放射光科学研究施設フォトンファクトリーのシンクロトロン放射光によるX線回折測定が用いられた。図5は、製膜時の温度をいくつか変えながら作製したポリマー半導体薄膜について、X線回折の強度分布をカラーマップ(点線は最大強度の半値)により示したものである。
製膜時の温度の上昇とともに、回折ピークの線幅が、2θ方向に沿って徐々に狭まっていく傾向が見られる。この結果は、ポリマー鎖同士の配列秩序の度合い(結晶性)が高温で製膜すると高まることを意味している。回折強度分布の解析から、室温でスピンコート法により形成した膜は分子層間の距離が1.64~1.69nmとバラつくのに対し、高温で作製したプッシュコート膜は分子層間の距離が1.64nmで均一だった。これにより、製膜プロセス条件を最適化できるプッシュコート法は、他の塗布法に比べ、均質性と結晶性に優れた薄膜を得る上で有利なことが分かった。
さらに、これらの膜を用いてボトムゲート/ボトムコンタクト構造のTFTを作製した。プッシュコート膜を用いたTFTのキャリア移動度は最大で0.47cm2/Vsであり、スピンコート膜を用いたTFTと比べ、約10倍の特性改善が得られることが分かった。
プッシュコート法による製膜プロセスは、平らな薄膜を作製する上で、以下のようなスピンコート法に優る点があることから、汎用性の高い薄膜製造技術としての展開が期待されるとコメントしている。
なお研究グループでは今後、印刷条件、ポリマー半導体材料、デバイス構造の最適化を進め、TFTの性能と安定性の向上を図るほか、金属配線、電極などの印刷法による作製技術と組み合わせて、全塗布法による高性能のアクティブバックプレーンの試作に取り組む方針としている。