京都大学は6月11日、異常原子価鉄イオンを含む酸化物が、特異な機能特性を示すメカニズムを解明したと発表した。

成果は、同大化学研究所 陳威廷 博士研究員、齊藤高志 助教、島川祐一 教授らによるもの。科学技術振興機構(JST)課題達成型基礎研究の一環として、林直顕 博士(次世代低炭素ナノデバイス創製ハブ)、高野幹夫 物質-細胞統合システム拠点教授らとの共同で行われた。詳細な内容は、英国ネイチャー系オンライン科学誌「Scientific Reports」に掲載された。

鉄(Fe)イオンは、赤さびであるヘマタイト(Fe3+2O3)や磁石となるマグネタイト(Fe2+Fe3+2O4)に見られるように、通常は酸化物の中で2価(Fe2+)や3価(Fe3+)のイオン状態をとる。ところが、「異常原子価」と呼ばれる高い酸化状態の鉄イオンを含んだ酸化物がまれではあるがいくつか見つかっており、その特異なイオン状態や物質の示す特性は、物質科学の分野で50年以上にもわたり注目を集めてきた。

研究グループでは、相次いでこのような異常原子価状態にある鉄イオンを含んだ新物質をAサイト秩序型ペロブスカイト構造を持つ酸化物で発見してきた。Aサイト秩序型ペロブスカイト構造酸化物は、ペロブスカイト構造(ABO3)におけるAサイトが1:3の割合で2種類のイオンで秩序化して占められるという特徴的な結晶構造をとる物質となっている(図1)。

この構造の物質では、近年、巨大磁気抵抗効果や巨大誘電率などの新しい特性が見い出されており、物質・材料科学の分野だけではなく、将来のエレクトロニクスを支える機能性材料として注目を集めている。異常原子価状態にある鉄イオンを含んだAサイト秩序型ペロブスカイト構造酸化物での新しい機能特性の開拓は、物質・材料科学の分野だけでなく、材料の機能応用の観点からも重要な課題だった。

図1 ペロブスカイト型酸化物(左)とAサイト秩序型ペロブスカイト構造酸化物(右)の結晶構造。ペロブスカイト構造(ABO3)では、Bサイトの遷移金属イオン(青球)に酸素イオン(赤球)が八面体を作るように配位している。Aサイト秩序型ペロブスカイト構造では、ペロブスカイト構造におけるAサイト(緑球)が1:3の割合で2種類のイオン(緑球と紫球)で秩序化して占められており、これにより八面体が傾いた構造をとっている

研究グループの発見したAサイト秩序型ペロブスカイト構造酸化物CaCu3Fe4O12は、Fe4+という異常原子価状態の鉄イオンを含むが、温度を変化させることにより4価の鉄(Fe4+)イオンが3価の鉄(Fe3+)と5価の鉄(Fe5+)イオンへ変化(電荷不均化)すると同時に、材料特性が常磁性金属からフェリ磁性絶縁体へと変わる。また、同じくAサイト秩序型ペロブスカイト構造酸化物であるLaCu3Fe4O12ではFe3.75+という鉄イオンを含むが、温度を変化させることによって銅イオンから鉄イオンへ電子が移動する「サイト間電荷移動」により常磁性金属から反強磁性絶縁体へと変化し、さらに大きな負の熱膨張を示すことも見いだした。これら2つの物質では、ともに異常原子価にある高い酸化状態の鉄イオンの変化が特異な特性変化の鍵となっているにも関わらず、なぜこのような違いが起こるのかについては明らかにされてこなかった。

そこで、研究グループでは、Aサイト秩序型ペロブスカイト構造酸化物であるCaCu3Fe4O12とLaCu3Fe4O12の固溶体(Ca1-xLaxCu3Fe4O12)を高温高圧力の条件下で作成し、X線回折やメスバウアー効果の測定などから、結晶構造や電子状態とその特性変化を調べた。その結果、異常原子価にある鉄イオンが酸素サイトに「リガンドホール(酸素ホール)」と呼ばれる状態を作り(図2)、このリガンドホールの挙動が物質の特性変化を特徴づけていることを明らかにした。

図2 異常原子価鉄イオンを含んだ酸化物におけるリガンドホール。異常原子価にあるFe4+イオンは鉄イオンのd軌道に4つの電子を持つと考えられるが、実際には、強い軌道の混成によりd軌道に5つの電子が入り、酸素のサイトにホール(空孔)を作るような電子状態(Fe3+L)になっている。この酸素サイトのホールがリガンドホールと呼ばれ、その挙動が特異な特性変化を引き起こしている

ペロブスカイト構造などをとる3d遷移金属酸化物の中には、3d遷移金属イオンの電子と酸素イオンの電子のエネルギーレベルが近いために、両者の電子軌道が強く混成するものがある。今回の研究対象であるCaCu3Fe4O12(x=0)においても、この強い軌道混成の結果、4価の鉄イオンの異常原子価状態(Fe4+)が、実際には3価に近い状態になっており、酸素サイトにリガンドホールを作る(Fe3+L)。高温では、このリガンドホールが動き回ることにより常磁性金属の状態が現れるが、温度が下がってくると、リガンドホールは運動エネルギーを失ってとどまろうとし(局在化)、電気が流れない絶縁体状態になる。このとき、リガンドホールが鉄イオンに近い位置で1つおきに整列して局在化した状態が「電荷不均化」であることが分かった。一方、LaCu3Fe4O12(x=1)においては、温度を下げることによってリガンドホールが銅イオンに近い位置でモット転移を起こして局在化して「サイト間電荷移動」が起こることも明らかにした(図3)。

図3 リガンドホールの局在化によるCaCu3Fe4O12(x=0)での「電荷不均化」とLaCu3Fe4O12(x=1)での「サイト間電荷移動」、およびCa1-xLaxCu3Fe4O12固溶体(03Fe4O12では、リガンドホールが鉄イオンに近い位置で1つおきに整列して局在化した「電荷不均化」を起こし、LaCu3Fe4O12ではリガンドホールが銅イオンに近い位置でモット転移により局在化して「サイト間電荷移動」を起こす。固溶体では、電荷不均化相と電荷移動相の電子的な相分離が観測される

単純なイオンからなる物質として見ると、CaCu3Fe4O12(x=0)での「電荷不均化」とLaCu3Fe4O12(x=1)での「サイト間電荷移動」はまったく異なる挙動として見えていたが、この2つの現象をリガンドホールの低温における局在化挙動として眺めることで、特性の変化を系統的に理解できることが明らかになった。

固溶体Ca1-xLaxCu3Fe4O12では、CaとLaの比率を任意の割合で混ぜ合わせても完全に均一な試料となるが、中間組成の領域(0

Aサイト秩序型ペロブスカイト構造酸化物では、磁気特性、電気伝導特性、熱膨張特性などが室温付近でのわずかな温度変化で大きく変化し、さらに熱膨張特性などを磁気的、電気的な信号により制御できる可能性もあることから、スイッチやセンサ、熱制御をはじめとする多くの用途で活用できる機能性材料として期待されている。今回注目した材料は、比較的安価で安全なありふれた3d遷移金属元素である鉄(Fe)と銅(Cu)からなっており、このような材料で、新しい機能性材料を作り出していくことは、日本の「元素戦略」においても重要な意味と持つと述べている。