産業技術総合研究所(産総研) フレキシブルエレクトロニクス研究センター フレキシブル有機半導体チーム 松井弘之 研究員、同センター 長谷川達生 副研究センター長らの研究グループは2月15日、住化分析センターなどと共同で、多結晶性有機トランジスタのキャリア(電子や正孔)の動きを評価・解析する新たな手法を開発したことを発表した。
同手法は、有機トランジスタ内を流れるキャリアが持つ電子スピンを利用して、多数の微結晶からなる有機半導体層内の、微結晶内部と微結晶粒界のキャリア輸送を分離して評価する(図1)。これにより、有機トランジスタの性能向上や信頼性向上の指標が得られ、フレキシブルデバイスの研究開発が大きく加速されると期待される。
有機トランジスタの核となる有機半導体層は、通常、数十nmから数μmの広がりを持つ微小な結晶の集まり(多結晶)で構成されている。半導体層内では、キャリアは微結晶内部の伝導と微結晶粒界の飛び移りを繰り返しながら移動している。このため、有機トランジスタの性能や信頼性を向上するためには、微結晶粒界のポテンシャル障壁を評価・解析することが不可欠である。しかしながら、通常の電気的測定法によって微結晶粒界の評価・解析を行うことは難しく、新たな手法の開発が求められていた。
産総研では、有機トランジスタ内のキャリアの動きを電子スピン共鳴(ESR)法により調べる研究を進めてきた。これまでにキャリアの運動によりESRスペクトルが尖鋭化する現象を観測するとともに、低温でキャリアが動かなくなった有機トランジスタのESRスペクトルをもとにキャリアの動きを妨げる原因を解析する手法を開発しているが、今回、住化分析センター、山形大学、広島大学と共同で、多結晶層からなる有機トランジスタの新しいESR測定法の開発をさらに進める研究を行った。
今回用いた有機トランジスタは、プラスチックフィルムなどの基板上にゲート構造と有機半導体層を積層して作製。有機半導体層内では、平板状の微結晶が、すべて平板面が基板に平行となるように配列した。基板に対して垂直な磁場をかけた場合(図2(左))には、どの微結晶に対しても磁場は同等に(平板面に垂直に)かかるため、温度によらず1つのピークのみからなるESRスペクトルが得られる(図3(a))。
一方、基板に対して平行な磁場をかけた場合(図2(右))には、微結晶ごとに磁場の向きが異なる。実際、低温でESRスペクトルを測定すると2つのピークに分裂した形状が得られた(図3(b))。
さらに、この分裂したピークは温度が上昇するとともに1つのピークに収束する様子が見られた。この現象は、半導体層内のキャリアが高温で微結晶間を飛び移れるようになり、微結晶ごとのESRスペクトルが平均化される効果(運動による尖鋭化効果)によって生じたものと考えられる。この温度によるESRスペクトルの変化を詳しく解析することにより、微結晶粒界間のポテンシャル障壁の高さが評価できた。
運動による尖鋭化効果を示すESRスペクトルの理論解析により、各温度でキャリアが微結晶内部を移動する頻度(繰り返し周波数)と、微結晶粒界を飛び越えながら移動する頻度を評価した(図4)。その結果、キャリアが移動する際に必要なエネルギー(活性化エネルギー:EA)は微結晶内部において21meVと小さいのに対し、微結晶粒界では86meVと大きく、約4倍の差があることが分かった。これらの活性化エネルギーは、それぞれ微結晶内部に存在する浅いトラップの深さと、微結晶粒界のポテンシャル障壁の高さに対応している(図5)。
さらに、これらの結果を有機トランジスタの基本性能である移動度と比較したところ、移動度は微結晶粒界のキャリアの移動と、ほとんど同じ活性化エネルギーを持つことが分かった。このことから、有機トランジスタの実質的な性能を決定しているのは主に微結晶粒界の部分にあることが明らかとなった。
図4 ESRスペクトル解析によって得られた微結晶内部および微結晶粒界のキャリア移動頻度。有機トランジスタの電気的特性から求めた移動度も合わせて示されている。グラフの傾きから、キャリア移動に要するエネルギーが求まる |
今後は、同手法を様々な材料や方法を用いて作製した有機デバイスに適用することにより、それぞれの素子で性能を律速している要因を明らかし、これをもとに有機トランジスタの性能を最大限に引き出すための界面制御技術の開発を進めていく計画である。
なお、同手法の詳細は米国物理学会誌「Physical Review B 」(Phys. Rev. B 85, 035308 (2012).)に掲載された。