北海道大学(北大)と佐賀大学は2月13日、高温および低温ストレスによる自然免疫の活性化において重要な役割を果たす「低分子ペプチド性サイトカイン」を、モデル生物であるショウジョウバエで同定することに成功したと共同で発表。そして、このサイトカインが関与するシグナル伝達系を調べたところ、微生物感染で活性化されるシグナル伝達系とは異なる新たな経路で細胞内へシグナルが伝わることを証明した。

研究は、北大低温科学研究所の落合正則准教授と佐賀大学の早川洋一教授のほか、東北大学や理化学研究所の研究者も加わった共同研究グループによる成果となっている。論文は、オープンアクセスの電子ジャーナル「Scientific Reports」に掲載された。

昆虫は、熱帯から極地にわたるほとんどの陸地の多様な生活環境に適応して生息している。そして、哺乳類などにみられる獲得免疫を持たず、自然免疫のみでさまざまな環境に存在する病原微生物の侵入・感染から身を守っているのが、昆虫の特色の1つだ。

自然免疫は、病原菌感染に対し、抗菌物質産生などの応答をすることで対抗する免疫システムである。また、種々のストレス(温度、振動、忌避物質など)によっても活性化することも報告済みだ。しかし、環境からのストレスにより体内の自然免疫がどのように活性化され、制御されているのかは、不明な部分が多い。今回の研究では、獲得免疫を持たない昆虫を用いて、ストレス応答としての自然免疫活性調節機構を明らかにする目的で、分子レベルでの解析が行われた。

今回の研究は、生化学・分子生物学的手法を用いて、一連の実験を実施。最初にカイコやショウジョウバエの幼虫へ高温および低温ストレスを与え、それぞれの幼虫体内における「抗菌ペプチド遺伝子」の発現レベルを指標に免疫活性変動を測定した。

次に抗菌ペプチド遺伝子の発現上昇を誘起する「サイトカイン」の同定をショウジョウバエで行い、このサイトカインを強制発現およびノックダウンした幼虫の低温ストレスによる免疫活性を測定。また、このサイトカインが媒介するシグナル伝達系の解析がなされた。なおサイトカインとは、さまざまな細胞から分泌され、細胞同士の情報伝達に関わり、特定の細胞の働きに作用するなど、さまざまな生理活性を持つタンパク質の総称である。

実験の結果は、まず温度ストレスを与えた昆虫では、病原菌感染していないにも関わらず、抗菌ペプチド遺伝子の発現上昇が観察された。ストレス負荷に応答して生成してくるサイトカインは、「アミノ酸118残基」の前駆体から「C末端部分24残基」が切りだされたペプチドだった。ペプチドとは、アミノ酸が最小は2個から、多いと数10個つながってできた分子だ。

このサイトカインには抗菌ペプチド遺伝子の発現を上昇させる活性があり、このサイトカインをノックダウンした個体では低温ストレスによる抗菌ペプチド遺伝子の発現上昇が抑制された。これらのことは、ストレスによる自然免疫の活性化にこのサイトカインが介在していることを意味しているということである。

さらに、シグナル伝達経路の解析から、このサイトカインは細胞表面の受容体と結合して、新たな経路で細胞内へシグナルが伝えられることを明らかにした。この経路は、これまで知られていた微生物感染により活性化されるシグナル伝達系とは異なるものだ。

今回の研究は、環境ストレスが生物の自然免疫を活性化する機構の一部を明らかにすることに成功した。昆虫の生体防御機構は「自然免疫のモデル」と考えられており、モデル生物のサイトカインの同定は、生物の体を守る仕組みを分子レベルで解明する研究を加速すると期待されるという。また、ストレス環境下における生物の免疫活性調節機構の解明は、生物の環境適応の基本原理を理解する上でも重要だと、研究グループではコメントしている。