理化学研究所(理研)は、充填率が100%に満たないカゴ状態化合物「スクッテルダイト」(画像1・左)が、強磁性を発生する新しい仕組みを発見したと発表した。発見は理研放射光科学総合研究センター石川X線干渉光学研究室の山岡人志専任研究員ら国際的な研究グループによるもので、成果は米物理科学誌「Physical Review Letters」オンライン版に掲載された。

画像1。スクッテルダイトの結晶構造と価数の温度依存性。(左)スクッテルダイトは、RXT4X12の分子式を持つ化合物の総称。今回の研究では、R:イットリビウム、T:鉄、X:アンチモンで、Ybはカゴの中にある。Ybの充填率はxで表している。図の中心に正20面体を形成するXとそれを覆う立方体を形成するTが、カゴを作りその中心にRを閉じ込める構造をしているのが特徴。(右)スクッテルダイトの磁化率と価数の温度変化。x=0.88(88%の充填率)の場合だけ、低温で磁化率(a)と価数(b)がともに急激に上昇することが確認できる

磁性は物質の基本的な性質の1つで、磁性を帯びやすい物質としては、「3d遷移金属」と呼ばれる鉄やコバルト、ニッケルなどがある。これに「4f元素」であるレアアースを加えた化合物は、磁性を安定させる特徴を持つ。例えば、3d遷移元素のコバルト(Co)と4f元素のサマリウム(Sm)の化合物である「Sm-Co磁石」は、携帯電話や電気自動車のモーターなどに利用されている。

また、温度差を利用して発電できる熱電変換材料としての応用が期待されているスクッテルダイトもその一種で、3d遷移元素「ブニコゲン」(周期律表中で、15族(旧5B族)窒素族元素のこと)でできたカゴの中に4f元素が閉じ込められた構造をしている化合物の総称だ。スクッテルダイトは、元素の組み合わせにより、超伝導、半導体性、価数揺動など、さまざまな特性を示す点も特徴である。

通常、スクッテルダイトはすべてのカゴを4f元素で充填させるように物質を作るが、実際には4f元素が欠陥し、充填が不十分な化合物もできてしまう。4f元素の欠陥があると、スクッテルダイトは-256℃の低温で強磁性を発生させることは、従来より知られていた(画像1・右グラフ上)。しかし、その詳細な仕組みは不明で、そこで研究グループは4f元素にイットリビウム(Yb)、3d遷移元素に鉄(Fe)、ブニコゲンにアンチモン(Sb)を用いたスクッテルダイトを用いて、強磁性が発生する謎に挑んだ次第である。

化合したスクッテルダイトを、大型放射光施設「SPring-8」の「BL12XU台湾ビームライン」によるX線共鳴非弾性散乱(X線共鳴発光分光)法で測定し、カゴの中のYbの電子状態について、温度との関係を調査した。その結果、Ybの欠陥が引き起こす強磁性発生の原因が、Ybの電子(価数)とFeの電子の強い相互作用によることが判明したのである。

さらに磁化率と価数の測定から、Ybの欠陥による強磁性の発生はYb側ではなく、Fe4Sb12側であることも確認。すなわち、Ybの欠陥によって電子がFe4Sb12に移動したことから、Ybが欠陥したカゴの周りのFe4Sb12側で、局所的に磁性が発生しているのではないかと考えられている。

Ybは電子を2個失った状態(Yb2+)と3個失った状態(Yb3+)の間のエネルギー差が小さいという特徴を持つ。そのため、4f元素の中でもこの価数の間で揺らいでいる(価数揺動)ことが多くある。価数揺動化合物では、しばしばこの価数が物質の性質を決めることがあり、また一般的には価数揺動化合物は、低温で価数が下がる(Yb3+→Yb2+)傾向を示す。

この現象は、理論的にはよく知られた「アンダーソンモデル」で説明されるが、Yb欠陥スクッテルダイトでは、低温で価数が急上昇(Yb2+→Yb3+)するという、これまでとは逆の現象が観測され(画像1・右下)、この現象はアンダーソンモデルでは説明できない。これは、同じ温度領域での磁化率の急な上昇、すなわち強磁性の発生と対応している(画像1・右上)。

なお、アンダーソンモデルとは、金属(ホスト金属)に不純物としてFeを入れると、Feはd軌道に空きがあるため、局在スピンを持つはずが、ホスト金属の種類により局在スピンを持つ場合と持たない場合があり、その実験結果を説明するための理論モデルだ。

本来、Yb2+は電子が詰まっていて孤立した電子がないために磁性を持たないが、Yb3+は孤立した電子が1つあるため、磁性が発生する。しかし、この欠陥スクッテルダイトの場合、磁化率と価数の測定結果と同様に、磁性を発生させているのはYb3+ではなく、Fe4Sb12側であると考えられることから、Ybは磁性の発生に直接関わらず、Ybの欠陥によってFe4Sb12側に電子が移動したことが強磁性の発生を促していると考えられた。

一方、欠陥のない場合にはこの様な変化はなく、今回発見した特性は、これまでの強磁性化合物では見出されておらず、新しい磁性発生の仕組みの発見といえる。

また、宝石用ダイヤモンドを用いた手のひらにのるサイズの小型の高圧装置「ダイヤモンドアンビルセル」(画像2・左)を用いて、10数GPaの高圧をかけると、Ybの価数が急上昇することも初めて見出した(画像2・右)。

画像2。ダイヤモンドアンビルセルとYbの価数の圧力依存性。左はダイヤモンドアンビルセルの実機とその原理。右はX軸に圧力、Y軸に価数を取ったYbのグラフ。圧力をかけていくと、Ybの価数が急上昇する箇所がある

圧力をかけると、価数変動しているYb化合物中のYbは多くの場合Yb3+にシフトしていくのだが、急にYb3+シフトが起きるということは低温で急にYb3+が増えて磁性が発生した現象と似ている。研究グループは、この高圧での特性も、磁性の発生と関係しているのではないかと考えているとした。スクッテルダイトが高圧条件下でも磁性を発生する可能性があることを示したというわけである。