日本原子力研究開発機構(JAEA)などによる研究グループは、従来の超伝導理論では説明できない新奇な超伝導を引き起こすと考えられている電子の磁気的揺らぎを、初めて極低温まで観測することに成功した。

同成果は、JAEA先端基礎研究センターの酒井宏典研究副主幹と、米国ロスアラモス国立研究所のJ. D. Thompson博士らのグループによるもので、米国物理学会誌「Physical Review Letters」(オンライン版)に9月19日(現地時間)掲載される予定。

物性物理学における課題の1つとして、銅酸化物高温超伝導体を含む新奇超伝導体に対する新しい普遍的な超伝導電子理論を構築することがある。新奇超伝導体には、他に「重い電子」系超伝導体がある。電子は、一定の質量(約9.1×10-10g)を持った粒子だが、絶縁体中では電子は動かないため、実質的な電子質量は無限大になっているとみなすことができる。

金や銅などの普通の金属においては、電子は1つの原子核の周りを回るものだけではなく、原子の一番外側を周回する最外殻電子は隣り合う電子軌道を重なり合わせて、原子間を自由に行き来している。その一方、希土類やアクチノイド元素を含む物質では、金属であるにも関わらず電子は自由に動き回れず、その実質的な質量が自由電子の数百倍~千倍も「重く」なっていることがあり、「重い電子」系と呼ばれている。

希土類やアクチノイド元素を含む化合物では、最外殻電子が原子間を伝導するが、その内側にいるf電子は、原子核に近い軌道を持ちながら、空間中に拡がっているため、原子核近くにとどまろうとする一方、原子間を行き交う電子(伝導電子)と相互作用して結晶内を動こうとする。電子には、電気伝導を担う電荷の他に、電子スピンと呼ばれる磁気的性質があり、普通の金属では、最外殻電子が電子スピンを互いに相殺しながら周回移動することで、電気伝導を示すが、「重い電子」系では、原子位置に残るf電子は、電子スピンによる磁気的性質を強く示し、f電子と伝導電子との磁気的相関によって、実質的な電子質量が重くなっている。

超伝導状態は、一般に電子が2個ずつ電子スピンを逆向きに揃えて非磁性のペア(超伝導電子ペア)を組むことで起こるが、同じ電荷を持つため反発し合う電子同士をペアにするには仲介が必要である。従来の超伝導電子ペアは、結晶格子の原子振動が仲介し、電子の運動方向によらず一様に起こる。電子間の強い反発力を起源とする磁性と、電子が非磁性ペアとなって起こる超伝導とは、相反する性質と捉えられていたが、新奇な超伝導電子ペアは、仲介として磁気揺らぎが有力であると考えられており、 空間異方的に起こる。

超伝導電子ペアの空間的拡がり。左の従来型の超伝導電子ペアでは、電子1に対して電子2は、等方的に存在するのに対して、新奇な超伝導電子ペアでは、電子1に対して電子2がある方向に対してだけ存在するように異方的となっている

「重い電子」同士がペアとなると、新奇な超伝導電子ペアが起こることが知られており、超伝導状態の周辺には必ず隣り合う電子スピンが向きを揃える磁気秩序状態が存在する特徴がある。つまり、少しでも不純物を加えたり、圧力をかけたりすると、超伝導状態は消え、すぐに磁気秩序状態が現れる。こうした不純物添加や圧力によって、超伝導や磁気秩序などの相転移を絶対零度近くまで制御した点を、物性物理学では「量子臨界点」と呼んでいるが、銅酸化物高温超伝導体も、「重い電子」系超伝導体と同じく、電子の磁気的相関が強い量子臨界点近傍の新奇超伝導体であることが最近の研究で判明しつつある。

2001年に米国ロスアラモス国立研究所の研究グループがCeを含む金属間化合物CeCoIn5という物質で、超伝導が2.3 Kで起こることを報告しており、この超伝導転移温度は、Ceを含む「重い電子」系化合物中で最高の転移温度として注目されている。同化合物による超伝導は、新奇な超伝導電子ペアが起こっていることが分かっており、またCeの「重い」4f電子によって引き起こされ、磁性も遷移金属元素Coの電子ではなくCeの4f電子が担っていることが明らかされている。

CeCoIn5は超伝導電子ペアを磁場によって解いた金属状態において、電気抵抗や比熱などが普通の金属とは違う温度変化を示し、磁場によって制御した新しい量子臨界点としても注目されたが、その起源は明らかではなかった。また、銅酸化物高温超伝導体においても、同様の異常な金属状態は見出されていたが、超強磁場を必要とする実験の困難さから、その起源はやはり明らかになっていなかった。

新奇超伝導体に磁場をかけて現れる異常な金属状態の起源を明らかにすることを目的に実験を実施。銅酸化物高温超伝導体では、この異常な金属状態を作り出すための磁場は数十Tであり、これは国家プロジェクト級の大規模実験施設が必要で、詳細な実験は現実的に不可能である。

今回の研究では、同様の異常金属状態を、「重い電子」系の新奇超伝導体CeCoIn5において、実験室レベルで発生することができる5Tの磁場で作れることに着目。単結晶CeCoIn5を用いて、結晶格子のc軸方向に磁場をかけ、超伝導電子ペアを解いて作り出した異常な金属状態について、極低温までNMR測定を行った。

NMR測定では、核スピン緩和率 - 核スピンにエネルギーを与えたときに、そのエネルギーが電子系に吸収されて散逸する速さを見るもので、電子スピンの磁気的揺らぎを直接反映される - と呼ばれる物理量を測定した。

核磁気共鳴(NMR)法の概念図

その結果、1K以下では、超伝導電子ペアが起こる直前の5Tの磁場において、核スピン緩和率が増大していることを発見。5Tよりもさらに磁場をかけると、極低温においては、核スピン緩和率は温度に比例して減少するといった通常金属と同じ振る舞いが確認された。

左図は、CeCoIn5の結晶構造を示す。右図は、各磁場に対して、CeCoIn5における59Co核スピン緩和率の温度依存性。核スピン緩和率は、測定温度で割ってあり、これが温度に対して一定であることは通常金属状態にあることを示す

これらの磁場に依存する核スピン緩和率の温度依存性は、磁気的揺らぎを基本とする理論計算により再現することができ、そこから得られたパラメータを用いたところ、電気抵抗や比熱などの温度依存性もうまく説明でき、また超伝導電子ペアが起こる直前に、磁気的揺らぎの程度は磁気秩序発生寸前にまで大きくなっていることも判明した。

左図は、今回の研究により得られたCeCoIn5における磁場温度相図。右図は、極低温における磁気揺らぎの大きさの磁場依存性の概略図。今回、超伝導状態になる直前で、磁気揺らぎが大きくなっていることがわかった。これは、異常金属状態において、電子が電子スピンを反平行に揃えようとしていることを示している

この結果は、新奇な超伝導状態を磁場によって消失させたときに現れる異常な金属状態の起源が、量子臨界点における磁気的揺らぎであることを実証したことになるという。

今回の成果は、外部磁場・圧力制御による量子臨界点近傍の実験的、および理論的物性研究を加速するものであり、NMR法の物性研究への有効性を示したものであると研究グループでは説明しており、今後は、新奇な超伝導近傍の異常金属相や磁気秩序相を、広くNMR法によって研究することで、新しい物性理論構築、新規超伝導体設計へつながることが期待できるとしている。