北海道大学大学院情報科学研究科の岡本淳准教授らの研究グループは、これまで複雑かつ高精度な装置を必要としていたホログラムメモリの記録・再生を、簡単な装置構成で実現することに成功した。同原理を用いることで、CDやDVD、Blu-ray disc(BD)などの従来の光ストレージ技術に比べ、数十倍の記録容量と数十倍の転送速度を、ほぼ同一サイズの光学システムで構築出来るようになる。

CDやDVD、BDといった光学メディアは、すべて同じ原理を基に実現されている。しかし、これらの技術は、波長などの兼ね合いからBDでほぼ限界に達していると言われており、その限界を打破する技術の1つとして注目されているのが、ホログラムメモリである。

ホログラムメモリはテラバイトを超える記録容量とGbpsを超す転送速度を達成できる光メモリ方式として研究が行われてきたが、ホログラムは2つの光で形成される干渉縞そのものであるため、ホログラムを記録するためには光を干渉させるための信号光波と参照光波の2つの光が必要となり、これによる光学系の複雑化が、ホログラムメモリ実用化の課題となっていた。また、位相変調信号を信号光として用いるホログラムメモリは高い性能ものの、位相変調信号を強度変調信号へ変換するための装置が必要となることも問題となっていた。

図1 一般的なホログラムメモリの光学系の記録過程(左)と再生過程(右)。2次元ページデータを有する信号光を参照光と干渉させることによってホログラムを記録する。再生時には、参照光をホログラムに照射することによって生ずる再生光をイメージセンサで検出する

今回の研究では、参照光波を不要とし、信号光波のみでホログラムメモリを構築するための技術である自己参照型ホログラムメモリを開発した。同手法では、記録に用いる信号光波を、それ自身を記録するための参照光としても動作させることによってホログラムを記録するというもの。記録時の信号光波には情報が2値の位相変調信号を用い、再生時には記録時に信号光が伝搬してきた光路に一様な位相を持った光波を入射する。この時、ホログラムの透過光と回折光の間でエネルギーの授受が行われ、記録した位相変調信号が強度変調信号となって読み出される。

同研究では、結合波動方程式を用いた理論導出、高速フーリエ変換ビーム伝搬法に基づいた数値計算シミュレーションおよびフォトポリマー媒質への記録再生実験によって同手法の原理実証を行った。

記録時には、空間光変調素子で2値位相変調信号を与え、レンズで集光することによりホログラムを記録する。ここで、記録する位相変調信号の設計方法は、結合波動方程式から理論的に導出された結果から、最も大きなエネルギー移動が起こるように設計される。

図2 自己参照型ホログラムメモリの記録再生光学系の記録過程(左)と再生過程(右)。同技術では、記録媒質に入射する光波が自分自身と干渉することによってホログラムを形成する。再生時には、一様な位相分布を有する読み出し光をホログラムに照射することによって光波内でのエネルギー移動を引き起こし、記録した位相変調信号を強度変調信号としてイメージセンサで検出する

再生は、空間的に一様な位相を有する光波をホログラムに照射することで行われ、ホログラムの記録再生が行われることを確かめるために行った数値シミュレーションの結果を見ると、信号光として与えた位相変調信号が、強度変調信号となって読み出されていることが分かる。これは、今回の手法の動作原理が実証されたことを示しており、さらにその再生品質も9.48(dB)と高いものであった。また、記録媒質としてフォトポリマーを用いた光学実験によっても同様に高い品質を持つ再生光が得られた。

図3 数値シミュレーション結果。記録した信号の位相分布(左)と再生された信号の強度分布(右)。記録した位相変調信号の白で塗られた領域と黒で塗られた領域は互いにπ/2の位相差を持っている。再生時には、この位相分布に基づいてエネルギー移動が引き起こされ、記録した位相分布と一致する強度分布が観測される

今回の研究によって確立された自己参照型ホログラム方式は、参照光が不要であると共に、記録した位相変調信号が強度変調信号として読み出されるという特長を有しているため、ホログラムメモリ以外の多くの分野への応用が期待されることから、今後、研究グループでは光コンピュータや情報セキュリティ、およびグリーンフォトニクスに関連する分野への応用を視野に入れ、同技術の新たな可能性を追求していく計画としている。