北海道大学(北大)電子科学研究所の竹内繁樹 教授(兼 大阪大学産業科学研究所 招へい教授)、岡本亮 助教(同 招へい教員)らは、英国・ブリストル大学のオブライアン・ジェレミ教授、広島大学のホフマン・ホルガ准教授らと共同で光の素粒子である光子1個レベルで動作する「非線形光スイッチ」を組み合わせて、光量子コンピュータの基本となる量子ゲート操作を実現したことを発表した。

光子は、量子コンピュータや量子通信における情報の伝達媒体として有望視されているが、2つの光子を相互作用させる方法の実現が困難であった。

この問題に対し、米国/オーストラリアのグループ(Knill E, Laflamme R, Milburn GJ (2001) A scheme for efficient quantum computation with linear optics. Nature 409:46-52.)が、半透鏡で生じる量子干渉を利用して、光子1個レベルで動作する「非線形スイッチ」が実現できること、またそのようなスイッチを組み合わせることで、光量子コンピュータが実現できることを示していた。しかし、半透鏡状での光子間の良質な量子干渉が必要となること、ならびに4つの異なる光の経路を、ナノメートルオーダーで一致させる必要があるなどの技術的な困難から、提案後10年間実現されていなかった。

図1 単一光子レベルで動作する、非線形スイッチ素子。この素子は確率的にしか動作しないが、成功すると成功信号を発し、成功信号が出たときには100%動作する。光子が1個の時と2個の時で、実効的な光の経路長が光の波長の半分ずれるように働くという、究極の低エネルギー動作が実現できる

今回、研究グループは、光子源を改良することで、半透鏡上で良質な量子干渉(90%)を実現したほか、これまで開発した特殊な半透鏡を3種類利用することや、光の干渉装置を工夫することで、コンパクトで安定した実装を実現、光の経路を24時間以上、特別な制御なしで、ナノメートル単位で一致させることを実現した。

図2 Knillらが提案した基本ゲート操作(伝令付き制御ノット操作)を実現する光量子回路。非線形スイッチ(青色)2つが、複雑な光の経路干渉計のなかに埋め込まれている。これら2つの非線形スイッチは、成功した際、成功信号を発する

この結果、米国/オーストラリアの研究グループが提案した、光子1個レベルで動作する「非線形スイッチ」を組み合わせ、光量子コンピュータの基本となる光量子回路(伝令付き制御ノット操作)を実現することに、初めて成功し、得られた平均ゲート忠実度も0.82と、十分高い量子性が示された。

図3 今回実現した光量子回路。PPBSは部分偏光ビームスプリッター、PBSは偏光ビームスプリッター、HWPは半波長板、QWPは1/4波長板、Photon detectorは光子検出器を表す。入力光子(CとT)は、PPBS1で最初に量子干渉した後、PPBS2において、補助光子A1、A2とさらに量子干渉を行う。この部分が、2つの非線形光スイッチに相当する。その後、結果の状態は再度PPBS1で量子干渉したのち,出力分(CoutおよびTout)で結果が解析・検出される

今回の成果は、2000年に米国/オーストラリアの研究グループにより提案された光量子計算の可能性を実証するとともに、将来の量子コンピュータや超長距離の量子暗号の実現、低エネルギー通信としての量子情報通信などの実現へと繋がる成果だと研究グループでは説明しているほか、今後の良質な単一光子源の開発などにもつながることが期待されるとしている。

図4 理想的な理論予測(左)と実験結果(右)。入力(In)の左側が制御ビット、右側が標的ビット、縦軸は頻度を表す。制御ビットが1の時のみ、標的ビットが反転しており、制御ノット動作が実現していることが分かる