日立製作所は12月24日、同社の欧州研究開発拠点である日立ヨーロッパ社日立ケンブリッジ研究所および、チェコ科学アカデミー、独チャールズ大学、英ケンブリッジ大学、英ノッティンガム大学、米テキサスA&M大学による国際研究チームが、GaAs系の半導体材料を用いて、電子が持つ磁石の性質であるスピンの流れ(スピン流)を電流と同様に制御・観測することに成功したことを明らかにした。2010年12月24日発行の米国Science誌に掲載される。

1940年代にトランジスタが発明されて以来、電子は電荷の流れ(電流)を利用するエレクトロニクス技術の根幹として用いられてきたが、近年、電子の持つ電荷以外の性質「スピン」を利用するスピントロニクスの研究開発が進められている。スピントロニクスを活用することで、電子デバイスの低電力化や、電気・磁気融合デバイスなど、従来の電子デバイスでは実現できなかった機能をもつデバイスの開発が期待できるためだ。

しかし、電子のスピン流を電気的に制御・観測する理論は、約20年前に提案されたが、その実証には、スピン流の注入、制御、観測など、スピントロニクスに必須の基礎現象を作り出す必要があり、現在に至るまで、スピン流を電流と同様に人工的に制御・観測した事例はなかった。

研究チームは、スピントロニクスの実用化に向けて、2005年に磁性材料を用いずにGaAs系半導体で、-269℃の極低温において上向き・下向きスピンの観測(スピンホール効果の観測)に成功。2009年には、同じくGaAs系半導体で、-53℃において数μmの距離を移動するスピン流を観測(スピンインジェクションホール効果を観測)していた。

今回は、GaAs系半導体に注入したスピン流の上向き・下向きを電圧で制御できる素子を開発し、オン・オフ動作を観測することに成功したという。

具体的には、開発した素子は、pn接合を有する平面型フォトダイオードとホールバーを形成したn型チャネルから構成されたもので、ダイオードに光をあて、光起電力効果で生じる光励起電子により、スピンが素子に注入される。入射する光はスピン偏極電子を生成するために円偏光を用い、注入されたスピンは、歳差運動をしながらスピン流となって移動する(スピンインジェクションホール効果)。この時にn型チャネルの上にp型の電極を形成し、電圧を加えると、相対論的量子論効果により、ゲート電極におけるスピンの歳差運動が制御され、これにより、別のホールバーで検出されるスピンの向き、すなわち電圧が制御されることになるという。

なお、実験では、光の円偏光を利用して半導体にスピンを注入しているが、今後、強磁性体材料においてスピンを注入する技術が開発できれば、1990年にSupriyo Datta氏とBiswajit A.Das氏が理論予測したスピントロニクスデバイスの実現が見えてくるという。また、光の偏光を制御・観測できる固体デバイスを開発したことは、光の偏光角という情報を加えた大容量情報通信システムを実現する可能性や、生体・高分子材料の特性を光の偏光で分析する新たな検査システムなどの開発につながる成果だと研究チームでは説明している。