東北大学および科学技術振興機構(JST)らによる研究チームは、Inを含む半導体量子構造の超高感度核磁気共鳴(NMR)の測定に成功したことを明らかにした。

電子スピンと核スピンの相互作用を使い、量子構造にも応用可能な超高感度NMRは、一般的なNMRとは異なり、ナノスケールの半導体量子構造などに応用が可能だが、約20年前にGaAsで成功して以来、ほかの半導体での測定は実現していなかった。

また、InSbやInGaAsなどの狭ギャップ半導体はSiの次の半導体材料の候補として、またスピントロニクス応用に向いた半導体として国際半導体技術ロードマップ(ITRS)にも取り上げられてきたが、それらの量子構造の測定に応用可能なNMR測定技術は存在していなかった。加えて、Inは核スピン状態が10の量子状態に分裂するユニークな核スピンで量子情報処理分野での応用も期待されている、超高感度NMR技術がInを含む半導体に応用できなかったため、Inの核スピンを正確に制御することが不可能となっていた。

研究グループも、InSb量子構造にGaAsと同じ手法を応用することで超高感度NMRの適用を目指したが、従来手法はGaAsの特性に依存する方法であり、GaAs以外の半導体に応用することは困難であった。そこで今回は、GaAsと異なるInSbの磁場中で異なるスピン状態のエネルギー分離(ゼーマン分離)が、InSbはGaASの100倍と大きくなるという特性を生かすことを検討した。

さまざまな原子核の核スピン量子数(I)。量子数Iのスピンは2I+1のスピン状態に分裂する。InはI=9/2で際立って量子数の大きなスピン。なお、SbもI=7/2、5/2でInほどではないが量子数の大きなスピン。参考として載せた電子スピンは、スピン量子数1/2で2つの状態に分裂する

具体的には、半導体の量子井戸構造にある2次元電子系を磁場中に置くと電子の運動が磁場中で量子化されランダウ準位というエネルギー状態に分裂する。このランダウ準位は垂直方向の磁場の大きさに比例し、ランダウ準位は、さらにゼーマン分離(エネルギー分離)する。ゼーマン分離は垂直磁場の大きさではなく、全磁場の大きさに比例する。GaAsは、ゼーマン分離がランダウ準位の間隔より小さいが、InSbのゼーマン分離の大きさは、ランダウ準位の間隔とほぼ同じになる。

そのため、InSb量子井戸構造を磁場中で傾斜させることで、異なるランダウ準位が交差する状態、すなわち上向きの電子スピンと下向きの電子スピンが重なった状態を実現することが可能となる。

InSbの特徴と電子のエネルギースペクトル変化

また、この交差状態において、異なるスピン状態を有する2つのランダウ準位が縞模様を作ることが研究により確認されたほか、この状態で電流を流すことで、核スピンの強制的な偏極と、核スピン偏極状態の抵抗による読み出しが可能になることも見いだした。つまり、これは電子スピンと核スピンの相互作用が強くなる状態を作り出すことを可能としたこととなる。

In系半導体の核磁気共鳴検出の概略

加えて、同技術と周囲に巻いたコイルにRF振動電流を流す(試料にRF振動磁場を照射する)ことを組み合わせることで、Inを含む量子構造の超高感度NMRに世界で初めて成功した。これは、GaAs量子構造のみ応用可能であった超高感度NMRの壁を20年ぶりに破るもので、InSbを構成するInとSb、両方の原子に対してNMRスペクトルが測定された。特に、核スピン状態が10の量子状態に分裂するIn原子に対しては、その分裂に対応したピークを観測することに成功した。

InSb量子井戸構造で測定された115InのNMRスペクトル。I=9/2というInのユニークな核スピン特性を反映して9つに分離したスペクトルが観測されている。右図は115Inの10スピン状態の概略図。黒い横線は磁場中で分離した核スピン準位を表しており、赤い矢印は実際に左図で測定された遷移を示している。量子構造にわずかに存在する歪みにより、各状態間の遷移エネルギーが少しずつずれ、結果的に等間隔の9つのピークが表れている

なお、同実験は100mKの極低温と約7Tの強磁場中で行われたが、InSbのランダウ準位が比較的高温まで観測されることに対応して4Kまで超高感度NMRを実現することができるという。

今回の技術により、10の量子状態に分裂するIn原子の超高感度NMRが可能になったことで、Inのようなユニークな核スピンの制御による量子情報処理への応用が進むものと考えられる。特に、10の量子状態に分裂するIn核スピンはうまく操作すると量子10準位系として働く。量子2準位系が自由に制御できることで2量子ビットが実現でき、22=4より量子4準位系では実効的に2量子ビットが実現できるほか、23=8より明らかなように、量子10準位系は等価的に3量子ビット以上として働く可能性もあるという。

加えて、もう1つ重要な展開として、NMR本来の応用である材料や特性評価への貢献が考えられるという。InSbなど狭ギャップ半導体はSiの次の半導体材料の候補として、またスピントロニクス応用に向いた半導体として期待されており、超高感度NMR測定はそれらの量子構造でどのような電子スピンの振る舞いが生じているか、あるいは局所的にどのような歪みがかかっているかを感度良く検出する新しい手法としても期待されることとなると研究チームでは説明している。