世界最高品質に至るまでの長い道のり
現在のようにウエスタンデジタル社の品質が世界に認められ、トップシェアを獲得するまでの道のりは決して平坦ではなかった。冒頭でも触れたが、1999年秋、同社の存続を揺るがす大事件が発生した。モータの制御チップに欠陥が見つかり、出荷済み40万台のリコールが発生してしまったのだ。既に生産済みの製品を含め大損失を被ったが、失ったものはお金だけではなく、OEM先やユーザーの信頼だった。そんな同社にとって最悪の時期に社長に就任したのが金森氏だった。「その頃OEM先はゼロで、社員も数名しかいませんでした。メーカーに挨拶に行っても相手にしてもらえません。しかし、もう失うものは何もありません。やるしかないと思いました」と金森氏は当時を振り返る。
ウエスタンデジタルはこの事件をきっかけに、品質で世界一を目指すことを掲げ、大規模な生産ライン、品質管理の徹底的な見直しを行った。また、一定の歩留まり率(不良などで出荷できない製品数を差し引いた割合)の基準を設け、この基準に満たない製品は出荷しない、という厳しい方針を採ったのだ。このように大改革を断行したものの、一度失った信頼は簡単には回復しない。
しかし、金森社長は、以前に評価用にメーカーに貸し出していた1,600台ものハードディスクを自ら足を使って回収をしながら、新たに信頼とコネクションを築くなど2年半もの地道な営業努力によって次第に顧客からの信頼を徐々に戻していった。そんな頃、アメリカ本社に対して「10万台売ります」と約束していた金森社長のもとに大手PCメーカーから、ハードディスクの注文が入り、それをきっかけに大手メーカーからの大量発注が続いた。
「嬉しいことに、大手PCメーカーが、当社のハードディスクを大量に採用してくれたのです。それをきっかけに他のPCメーカーからも注文が取れるようになりました。そして、ある家電メーカーから、DVDプレーヤに搭載する予定のハードディスクが急にデコミットされたのでウエスタンデジタルでなんとかならないか、という話が舞い込んできたのです。まさにチャンスでした。これが、家電メーカーへの参入への大きな契機となりました」と金森氏は語る。金森氏は、CEOにコミットした10万台という目標を遥かに超す数字を実現し、同社は完全復活の道を歩み始めることになる。
ハードディスクの信頼性をアップするための方程式
「品質だけはどこにも負けない。そして、価格も他社より安くする。ウエスタンデジタルはそんなミラクル製品を作った」と金森氏は言う。その秘密は、リコール発生当初に掲げた「品質で挽回する」というメーカーとしての確固たるポリシーにある。つまり、不良品が発生すると、製造コストに無駄が生じるだけではなく、不良品の処理にかかる諸々のコストが発生し、それが製品のコストを押し上げる。不良品が多く発生するほどコストが上がってしまうのだ。従って、最初から信頼性の高い製品を製造し、不良品の発生率をどんどん下げれば、製品のコストを安くできる。しかも、このようなポリシーで製造されたハードディスクは故障率が低く、ユーザーの評価も上がる。
「長年の努力が実り、ある大手家電メーカーのハードディスクレコーダに当社の製品が採用された際に製品の故障率が下がったという評価を頂き、全てのラインアップに当社のハードディスクが搭載されるようになりました。家電用のハードディスクは、信頼性が第一であるだけに、これは嬉しかったですね」(金森氏)
家電製品へのOEM供給は、ウエスタンデジタル本社も予想していなかったことだった。これによって、同社の日本市場における出荷台数は飛躍的に伸びることになる。良い製品がコストを下げ、評価を上げ、売上につながる。まさに好循環である。つい最近も歩留まり率の低下から業績が悪化し、買収された大手ハードディスクメーカーがあった。2006年に日本国内トップの座に輝いた同社は、今度は、これまでに築いたノウハウを武器に、2.5インチハードディスクでも日本一、そして世界一を目指す。コンピュータショップに所狭しと並んでいるハードディスクにもこんなドラマがあり、日々サプライヤーは熾烈な競争を続けている。
今回取材をしたウエスタンデジタルに限らず、各ハードディスクメーカーは、さまざまな歴史を背負い努力を続けて、現在に至っている。我々もハードディスクを選択する上で、そのブランドの背景や経営状態、そして製品に対する考え方を理解することは、決して損ではないはずだ。ハードディスクの故障率は、ユーザーの使用する内容と環境に大きく左右されるため、信頼性といっても考え方はいろいろあるが、増設用のハードディスクを買いに行く際は、価格だけで決めるのではなく、品質に注目して信頼性の高いものをしっかりと選びたいものである。特に故障がそのまま仕事に直結するクリエイターにとって、その重要なヒントが、「ゼロ」の状態からトップシェアを勝ち取った金森社長の言葉の中に見ることができるのではないだろうか。