2019年はAppleショックで波乱の幕開けとなった。

2日に米Appleが「Letter from Tim Cook to Apple investors」というTim Cook氏 (CEO)が株主に宛てた書簡を公開したが、前回Appleが業績見通しを下方修正した2002年6月 (なんと17年前!)に、Steve Jobs氏時代の同社が公開したメッセージとの違いが話題になっている。

何が違うかというと下の本文の長さを比較した画像を見てもらうと一目瞭然だ。Cook氏のメッセージが1400単語近いのに対して、Jobs氏時代のリリース文はわずか約190単語だ。

  • 、左が2002年の業績下方修正のプレスリリース、右が今年のプレスリリース

「Like others in our industry, we are experiencing a slowdown in sales this quarter. As a result, we’re going to miss our revenue projections by around 10%, resulting in slightly lower profits, (同じ産業にある他社と同じように、Appleも今四半期に販売の低迷に直面しています。その結果、売上高は予想を約10%下回り、利益も若干低くなる見込みです)」

「We’ve got some amazing new products in development, so we’re excited about the year ahead. As one of the few companies currently making a profit in the PC business, we remain very optimistic about Apple’s prospects for long-term growth. (Appleはいくつかの驚くような新製品を開発中であり、皆これからの1年を待ちきれない気持ちで過ごしています。現在パソコン業界で利益を上げている数少ない会社の一つとして、Appleは長期的な成長について非常に明るい展望を持っています)」

短いリリース文の中で、Jobs氏からのメッセージはこれだけ。対して、Cook氏は、中国市場の減速、同市場におけるiPhoneの低迷、スマートフォンの買い替えサイクルの長期化、サービスとウェアラブルの伸びなど、マクロ経済からAppleの現状まで詳しく説明している。しかし、丁寧な説明でも、例えば、Appleウォッチャーで知られるJohn Gruber氏は「悪いニュースの公表はSteve Jobs氏が本当に輝いたことの1つであり、同じような輝きをTim Cook氏は生み出せなかった」とコメントしている。

2002年の時は、その後どうなったのかというと、下が当時のAppleの株価の推移である。6月に大きく下落してからしばらく低迷したが、翌年4月頃から上昇し始め、今に至る快進撃が始まった。

  • 2002年6月に下落するも、iPodのWindowsサポート、Safari、iTunes Music Storeといった新たな事業展開から長期的成長へ

2002年6月当時のAppleは閉塞感に包まれていた。Macは利益を上げていたけどシェアでWindows PCに圧倒的に引き離され、iPodはそのユーザーが少ないMacの周辺機器でしかなかった。今あらためて読むとJobs氏がメッセージで述べた「いくつかの驚くような新製品を開発中」「Appleは長期的な成長について非常に明るい展望を持っている」の意味することが「そういうことだったのか…」と思える。でも、それはその後のAppleを知っている今だからであって、当時の人々の反応は半信半疑だった。

2002年のJobs氏のメッセージが今輝いて見えるのは、その後にAppleが当時の閉塞感を劇的に打ち破ったからだ。

Appleは2002年7月にMacとWindowsをサポートする「iPod」を発売した。そしてWindowsからMacへの「Switcher」キャンペーンを開始。翌年1月に「Safari」ブラウザを発表した。Windows版Safariはシェア獲得には至らなかったが、WebKitを採用したブラウザがHTML5とモバイルWebへの道を開き、Internet Explorerで停滞したWebの進化を加速させることになる。そして2003年4月にiTunes Music Storeを発表した。

当時のAppleといえばMacだった。それがMacではなく、iPodを中心にサービスとソフトウェアを広げ、音楽サービスを開始し、Windowsユーザーも取り込み、iPodからのハロー効果で主力製品であるMacのユーザーを増やすという逆転現象が起こっていた。2002年は、2007年のiPhone登場につながるApple ComputerからAppleへの変化が始まった年だった。

2002年のAppleと今のAppleは同じではないし、Jobs氏とCook氏の経営手法も異なる。Jobs氏はユーザー優先を徹底し、優れた製品を提供することが株主の利益につながると断言していた。Cook氏はユーザーのための製品開発を重んじながらも、株主対応に配慮する。だから、今回の書簡は「Letter from Tim Cook to Apple investors」であり、株主に対して丁寧に説明している。もし今、Appleが2002年時のような簡単なメッセージしか出さなかったら、同社の株価はもっと大きく落ち込んでいたように思う。それなのにメッセージが「長すぎる」と言われてしまうのは、Appleの真の成長要因に人々の目を向け、将来への期待につなげられなかったからだろう。

2002年の時と同じように、今Appleは大きな転機を迎えている。2018年10月~12月期決算の発表から、同社はこれまで決算データに含めてきたiPhone、iPad、Macの販売台数を非開示にする。世界のスマートフォン市場が飽和に近づき、端末販売に基づいた成長が限界に近づいてきた。代わって、これからは世界中に20億台以上も使われているiOSデバイスを利用したサービスやコンテンツの提供が成長ドライバーになる。かつてMacの企業だったAppleがiPodを中心とした戦略で成長し、音楽販売にも事業を広げたような変化に挑む。これからは新たに売れた販売台数よりも、今何台のiPhoneが利用されているかが問われ、そしてASP (平均販売価格)より ARPU (ユーザーあたり平均売上高)が成長の可能性の指標になる。

投資家はもちろん、業績下方修正のメッセージを読む人達は、中国の減速や米中貿易摩擦の影響、中国市場の特殊性についてはよく分かっているはずである。だから、マクロ経済について、それほど多くを割いて理解を求める必要はなかった。むしろ人々が不透明に感じているのは、今回の販売低迷で現実味を帯びてきた「従来のiPhoneビジネスの次」である。

長い文章の中でCook氏が伝えようとしているポイントは、2002年のメッセージとそれほど大きな違いはない。ライバルと同じように中国市場の影響を受けたものの、グローバル規模でiPhoneの新製品は期待通りであり、インストールベースでiOSデバイスは順調に利用者を増やしている。そしてハードウェアの薄利多売の競争が進むスマートフォン市場においてiPhoneは唯一と呼べるぐらい大きな利益を生み出している。最後に「Looking Ahead (今後について)」という見出しの段落で、「提供を予定している未来の製品およびサービスに、私達は自信を持っており、期待に胸を膨らませています」と述べている。それが成長ドライバーであり、そこに自信を持っているなら、2002年の時のようにしばらく株価は低迷するかもしれないけど、中国市場について多くを語る必要はなかった。