宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2018年8月26日、新型の固体ロケット・ブースター「SRB-3」の地上燃焼試験を実施した。SRB-3は、開発中の大型ロケット「H3」のブースターや、改良型の「イプシロン」ロケットの第1段に使われる予定で、今回の試験を経て、さらに設計を煮詰め、あと2回の燃焼試験を実施。そして宇宙へ挑む。
連載第1回では固体ロケットの概要と、日本のロケットが固体ブースターとして採用し続けている理由について解説。第2回ではSRB-3の概要や、先代となるSRB-Aからの改良点などについて解説した。
第3回目となる今回は燃焼試験の目的や概要、そして25日の燃焼試験実施に向けた動きと、実施できなかった背景や顛末について解説する。
全3回行う燃焼試験の第1回
SRB-3の開発は2015年度から始まり、2018年度が半分過ぎた現在は、「詳細設計」が大詰めを迎えた段階にある。そしていよいよ、詳細設計で確定したSRB-3の仕様にしたがって設計、製造したロケット・モーターを燃焼させる、燃焼試験が行われることになった。
SRB-3の燃焼試験は全3回行われる予定で、その第1回となる今回は、「実機型モーター燃焼試験」と呼ばれている。実機型といっても、実際に打ち上げに使うものとまったく同じという意味ではなく、試作品のようなものである。
今回の試験の目的は、そうして造られたモーターが、設計どおり着火し、燃焼するか、またモーター・ケースと推進薬との間にある断熱材が熱に耐えられるか、そして音響や振動なども設計時の想定内か、などといったことを検証することにある。そして試験で得られたデータから、詳細設計がきちんとできているか妥当性を評価し、もし変更が必要な箇所があれば、今後の設計に反映する。
言葉を変えれば、今回の試験は「ひとまずきちんと動くかどうか」を見ることが目的である。
そのため、まだ開発が終わっていない部分や、今回の試験では確認しないことになっている部分については外されている。たとえば本連載の第2回で、「これまでSRB-Aで使っていた固体推進薬のバインダー(ゴム)が生産終了になるのに伴い、SRB-3では新たに代替品が使用される」と書いたが、今回の実機型モーターでは従来品が使われている。
また、モーターの側面に配置する、電線などを通すための「システム・トンネル」という空洞部品も搭載されない。さらにモーターの下面を熱から守るための「サーマル・カーテン」という断熱材や、モーター・ケースやノズルにあるコルク製の部分もない。
実際に打ち上げに使うものと同じモーターを使った試験は、今回に続く2回目、3回目で予定されており、ここで最終的に「本当に宇宙ロケットとして打ち上げに使えるものかどうか」を見ることになる。
また、詳しくは後述するが、SRB-3は将来的に小型固体ロケット「イプシロン」の第1段にも使用されることから、2回目の認定型モーター燃焼試験では、H3用のSRB-3にはない、ノズルの可動機構を装着して行う予定となっている。
風に泣いた25日
今回の実機型モーター燃焼試験は当初、8月25日11時ちょうどに行われる予定だった。試験の準備も順調に進んでいたが、天候が条件を満たさないために中止。その後も、午後の実施を目指し、天候を見つつ検討が行われたものの、結局25日の実施は見送られることになった。
悪天候はロケットの打ち上げでも延期の原因としておなじみだが、今回の試験においていちばんの問題となったのは、雨でも風速でもなく、「風向き」だった。
種子島宇宙センターは種子島の南東の端にある。つまり東や南には海があるものの、西や北には陸地がある。そのため、風が東や南東、南の方角から吹いている状態で燃焼試験を行うと、ロケットの燃焼ガスが陸地のほうに流れていってしまうのである。
本連載の第1回でも触れたように、SRB-3も含め、固体ロケットの多くは、燃料にポリブタジエンというゴムの一種と、酸化剤に過塩素酸アンモニウムという物質、さらに性能を上げるためのアルミニウムなどを混ぜて固めたものを推進剤として使用している。
このうち、過塩素酸アンモニウムが燃焼した際に発生する塩素化合物は、人体や環境にとって有毒ではあるものの、すぐに散ってしまうため、あまり大きな問題にはならない。しかし、アルミニウムが燃焼して発生する酸化アルミニウムという白い粉のような物質は、周囲に降ったり残ったりしやすい。有害物質ではないものの、人の体内に吸い込まれたり、洗濯物に付着したりするのは避けるべきという考えから、「JAXA敷地外の陸地への影響がないと予測される風向き」でのみ、燃焼試験を実施するという制約条件が設けられていた。
この日の風は、南南東から吹いており、まさにこの条件から外れてしまっていた。そして午後になっても風向きが変わらなかったことから、実施が見送られたのだった。
26日に再挑戦へ
延期後の記者会見で、H3ロケットのプロジェクト・マネージャーを務めるJAXAの岡田匡史(おかだ・まさし)氏は「天候のことなので仕方がないが、残念。現場は準備万端で、風向きが変わらないかと3分前まで粘っていたが、神様が味方をしてくれなかった」と振り返った。
会見では、翌26日にも試験ができるか挑戦してみるとの旨が明らかにされた。この日の天気予報では、26日の天候(風向き)も25日とあまり変わらないという予測が出ていた。そのため可能性はあまり高くなかったが、「明日は明日の風が吹く」という言葉もあるように、天気が少しでも良い条件に変わる可能性に賭けることになった。
あまり長期間、燃焼試験のオペレーションをやり続けるのは、現場スタッフにとって大きな疲労、負担にもなる。また、実施が大きく遅れると、H3の開発スケジュールはもちろん、9月11日に打ち上げ予定のH-IIBロケット7号機の準備にも影響する。
さらにこの季節は台風シーズンであることもあって、できることならなるべく早くやりたい、そのためには機会を逃さず挑戦したい、というのが現場の想いだった。
H3ロケットのファンクション・マネージャーを務める、JAXAの名村栄次郎(なむら・えいじろう)氏は「開発が始まってからそれなりの時間を経て、苦労を重ねて、ここまで十分仕上げてきた。必ずや必要なデータを取る。今日も気象条件の問題はあったが、データが取れない心配は一切なかった。自信をもって進めたい」と、燃焼試験に向けての自信と決意を述べた。
そして夜が明け、26日がやってきた。
(次回に続く)
著者プロフィール
鳥嶋真也(とりしま・しんや)宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。
著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。
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Twitter: @Kosmograd_Info