スペースXのイーロン・マスクCEOは2018年9月18日(日本時間)、開発中の新型ロケット「BFR」を使い、2023年に世界初となる月旅行を実施することを発表した。

月へ旅立つのは、ファッション通販サイト「ZOZOTOWN」などを経営する前澤友作社長。さらに、さまざまな分野のアーティストも招待することも発表。前澤氏は「月と丸い地球からインスピレーションを受けたアーティスト達が生み出す作品を、人類の財産として後世に残したい」と語る。

前回はBFRの概要について解説した。2回目となる今回は前澤氏が、いったいどのようにして月旅行に行くのかについて解説する。

  • 月の近くを飛行するBFRの想像図

    月の近くを飛行するBFRの想像図 (C) SpaceX

ZOZO前澤氏、アーティストとともに月へ

マスク氏による新BFRの発表のあと、彼に促される形で登壇したのは、ファッション通販サイト「ZOZOTOWN」などを運営する、スタートトゥデイの前澤友作(まえざわ・ゆうさく)社長だった。

前澤氏は1975年生まれで、現在42歳。1995年に同社を創業し、一代で名立たる大企業へと成長させた。総資産は約4000億円で、日本で14番目の大富豪として知られる。

前澤氏は、かつてケネディ大統領が有人月着陸計画(のちのアポロ計画)の始まりを指示した、かの有名な演説を引用し、「私は月に行くことを選びました (I choose to go to the moon)」と宣言。そしていまから5年後の2023年に、BFRに乗って月に行くことを明らかにした。

「子どものころから、私は月を愛していました。月を見つめ、想像力を満たしていました。だからこそ、月の近くまで行けるこの機会を、逃したくないと思いました」。

もし実現すれば、1972年に終わったアポロ計画以来、約半世紀ぶりに人類が月を訪れることになる。

  • 前澤氏とイーロン・マスク氏

    前澤氏(上)と、イーロン・マスク氏(下) (C) Elon Musk/SpaceX

前澤氏はまた、自分だけが月に行くのではなく、BFRを借り切り、自身が選出するさまざまな分野のアーティストを6~8人、一緒に連れて行くことも明らかにした。

「一人だけで月に行くのは少し寂しいです。できる限り多くの人と、この経験を共有したいと思いました。そこで私は、アーティストの方と一緒に月に行くことを選びました」。

この計画は「#dearMoon」と呼ばれ、連れて行くアーティストは画家、音楽家、小説家、ファッション・デザイナー、映画監督などが対象となるという。誰を選ぶかはこれから決めるとしている。

前澤氏は「月と丸い地球からインスピレーションを受けたアーティスト達が生み出す作品を、人類の財産として後世に残したい」と語り、この計画の意義を訴える。

「パブロ・ピカソが月を間近に見ていたら、どんな絵を描いたんだろう。ジョン・レノンが地球を丸く見ていたら、どんな曲を書いたんだろう。彼らが宇宙に行っていたら、今の世界はどうなっていたんだろう。まだ一度も見たことのないような夢を見ることができるかもしれない。歌ったことのないような歌が歌えるかもしれない。描いたことのないような絵が描けるかもしれない」。

参加したアーティストは月への飛行中、また飛行後に作品を制作し、後日展示会で作品を披露するとしている。

  • BFRで創作活動を行うアーティストの想像図

    BFRで創作活動を行うアーティストの想像図 (C) SpaceX

#dearMoon計画はどのように行われるのか

#dearMoon計画において、BFRは「自由帰還軌道(free return trajectory)」という軌道を使って月飛行を実現する。

自由帰還軌道とは、一度月に向かう軌道に乗ると、そのまま自然に月の重力につかまり、月の裏側を通ってUターンし、地球へ戻ってくる軌道のこと。一度この軌道に入れば、その後、基本的にエンジンを噴射する必要はなく、放っておいても必ず月でUターンして地球に帰ってくることができるため、比較的安全性が高いという利点がある。

この軌道はアポロ計画でも使われ、月往還飛行をした「アポロ8」や、史上初の月着陸を果たした「アポロ11」などでは、まずこの自由帰還軌道に宇宙船を投入し、その後で軌道修正を行い、目標の軌道に入るような運用が行われた。つまり、その間に何か問題が起きたとしても、とりあえずは地球に帰ってくることができるように配慮されていたのである。

また、大事故となった「アポロ13」でも、宇宙飛行士の救出のためこの軌道が使われたが、事故が起きたのは軌道修正後だったため、月着陸船のエンジンを噴射し、自由帰還軌道に"戻す"作業が行われている。途中、さまざまな困難はあったが、結果的に3人の飛行士は無事に帰還を果たした。

#dearMoon計画におけるBFRは、打ち上げから約3日後に月に接近。裏側を回ってUターンする。そしてまた3日かけて飛行し、地球に帰還する。月のまわりを回る軌道に入ったり、月面に着陸したりはできないが、最接近時の月からの距離は200kmほどになること、また月の裏側を通り抜け、月の地平線から昇る地球を見ることもできるため、十分に「月へ行ってきた」といえる旅行になろう。

また、そもそも完成直後のBFRに人を乗せて飛ばすこと自体が大きなリスクであることを考えると、少しでも危険性が低くできる自由帰還軌道を使って飛行するという選択は妥当なものと考えられる。

  • BFRによる前澤氏らの月旅行の行程表

    BFRによる前澤氏らの月旅行の行程表 (C) SpaceX

もっとも、自由帰還軌道がいかに"比較的安全"とはいえ、今回の計画が危険なものであることには変わりない。マスク氏は「(月飛行は)そのあたりの公園を散歩するのとはわけが違います。もちろん、リスクを最小限にするためにできることはすべて尽くしますが、何かがうまくいかない可能性もあります」と語る。

「彼(前澤氏)は非常に勇敢な人物です」。

ちなみにスペースXは、2017年2月にも月旅行計画を発表している。このときは「ファルコン・ヘヴィ」ロケットを使い、2人の乗客を乗せた「ドラゴン2」宇宙船を自由帰還軌道に打ち上げるという計画だった(詳細は過去の記事『スペースX、「月世界旅行」計画を発表-2018年に2人の民間人を月へ打ち上げ』を参照)。

この当時、宇宙船に乗り込む2人の乗客の名前は非公表とされたが、今回の発表の中で、そのうちの1人が前澤氏だったことが明かされた。

また同時に、ファルコン・ヘヴィを有人飛行に使わないことになったため、この計画は中止となり、今回発表されたBFRによる月旅行計画に移行したことも明らかにされた。

  • 2017年に発表された、ファルコン・ヘヴィによる月旅行の想像図

    2017年に発表された、ファルコン・ヘヴィによる月旅行の想像図。現在ではこの計画は中止され、今回発表されたBFRによる月旅行へと移行した (C) SpaceX

(次回に続く)

参考

First Lunar BFR Mission | SpaceX
#dearMoon
Mars | SpaceX
Japanese billionaire reserves moon flight with SpaceX - Spaceflight Now
SpaceX to Send Privately Crewed Dragon Spacecraft Beyond the Moon Next Year | SpaceX

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info