新型コロナウィルス感染症の拡大を受けて、テレワークを導入する企業が増えています。オンライン会議の支援ツールとしてワイヤレスイヤホンが注目される中、NECが騒音に囲まれる環境でもハンズフリー通話の声をクリアに届けられるという新しいヒアラブルデバイスを開発しました。
独自の「耳音響認証」という画期的な生体認証テクノロジーも搭載するデバイスが、私たちの生活をどのように豊かにしてくれるのでしょうか。開発プロジェクトをリードするNECの青木規至氏、中島由貴氏に聞いてきました。
通話音声をクリアに伝えるためのアクティブ・ノイズキャンセリング機能
NECのヒアラブルデバイスは、左右独立型のBluetoothワイヤレスイヤホン。ハンズフリー通話だけでなく音楽再生も楽しめます。いわゆる完全ワイヤレスイヤホンと同じスタイルです。オーディオ機器としての製造には、フォスター電機がパートナーとして関わっています。
Makuakeでクラウドファンディングを実施し、目標金額100万円のところ、500人のサポーターから1,490万円の支援を集めてプロジェクト成功。1台の支援額(価格)は税込29,800円でした。ヒアラブルデバイスの通信方式はBluetooth 5.1、バッテリーによる連続再生・連続通話は最大6時間、充電時間は約1.5~2時間。サイズと重さは、イヤホン本体(片側)が25.0×21.7×27.2mm・約8g、充電ケースが41.0×67.0×47.0mm・約60gです。
本機には2つの注目したい機能があります。ひとつは「通話アクティブ・ノイズキャンセリング機能」(以下、通話ANC機能)と名付けられた、ハンズフリー通話の声を聞こえやすくする機能です。
NECの通話ANC機能は、イヤホンの背面側とノズル奥の内側に配置したマイクで通話音声と環境音を拾い、独自のアルゴリズムで解析して環境音だけを選り分けます。続いて環境音(=ノイズ)だけに逆位相の音をぶつけて消音(=キャンセル)し、ハンズフリー通話の声だけを聞きやすくします。
アップルのAirPods ProやソニーのWF-1000XM3に代表される人気のワイヤレスイヤホンが搭載するアクティブ・ノイズキャンセリング機能は、基本的には装着している「ユーザーが」音楽や通話音声を聴きやすくするためのものです。
一方でNECのヒアラブルデバイスは、「相手に伝える通話音声」を明瞭化するところが用途として大きく違います。NECが携帯電話やスマートフォン向けに開発してきた通話音声の品質を高めるための技術が、ここに来て新しいヒアラブルデバイスにも搭載されました。
デモを体験、ジャマな環境音がきれいに消えた!
今回、NECのヒアラブルデバイス実機による、通話ANC機能のデモンストレーションを体験してきました。
80デシベルに迫る「うるさい音」を擬似的に再現した環境にて、ヒアラブルデバイスを装着した中島氏にノイズキャンセリング機能のオン・オフを切り換えながら音声通話をしてもらい、離れた別室で音の聞こえ方を確かめます。その効果は歴然。環境ノイズだけがきれいに消えて、中島氏の話し声がはっきりと聞こえてきます。取材時に撮影した動画もぜひご覧ください。
NECの独自技術では、イヤホンに搭載するマイクで集めた騒音の音圧レベルを学習して、発話音声と切り離す処理を行っています。通話ANC機能をオンにしたあとで1~2秒間ほど声を出さず静かにしていると、イヤホンがユーザーの話し声以外の環境音を学習。続いてマイクで拾った話者本人の声の特徴を分離、抽出します。
このように、環境音とユーザーの声を明快に切り分けて覚えさせるのがポイント。例えばユーザーがデバイスを耳に装着して移動しながら使っても、周囲の環境音だけを認識してキャンセルしながら、通話音声だけを聞こえやすくするアダプティブ処理を行えます。これがNECの技術が持つ強みです。
青木氏の説明によると、ユーザーの声を厳密に抽出するため、左右イヤホンに搭載されているマイクと口の間の距離、ユーザーの頭部に共鳴する声を解析しながら導き出しているそうです。高精度な通話音声のノイズキャンセリング機能を、片側に2基ずつ搭載するマイクだけで実現しているところが、NECの技術の特長なのだそうです。
青木氏は、通話ANC機能の使い勝手を「持ち運べる会議室」に例えます。確かに、NECの新しいヒアラブルデバイスがあれば、在宅ワークの最中に家族が近くで生活音を立てていても、オンライン会議の通話に家族の声がかぶってしまう心配がありません。オフィスでオンライン会議に参加しているときにも、周囲の同僚が秘密にしなければならない情報を口にしてしまいヒヤリ……といった事態からも解放されそうです。
イヤホンがスマホやアプリのカギになる
もうひとつの特徴は、このヒアラブルデバイスに搭載されたNEC独自の耳音響認証技術。イヤホンを装着したユーザーの耳穴を「音の反響」を使って特徴付けし、簡単にいうと耳穴の形状によって個人を特定します。NECが開発した専用アプリでユーザーの耳を計測・記録して、アプリやサービスをセキュアに活用したり、オフィスやPCのセキュリティロックを解除するカギにしたりする使い方などを提案しています。
青木氏いわく、耳穴内で反射する音の特徴量は一人ひとりが異なっていて、さらに体の内側を計測したデータを用いるため「型の偽造」が難しく、高い安全性が確保できるとのこと。
ユーザーは耳にイヤホンを装着するだけでよいので、マスクや手袋をしたままでも、スマホ画面やアプリのロック解除、電子決済のセキュリティ認証ができて便利になりそうです。
当初、NECのヒアラブルデバイスで耳音響認証が使えるプラットフォームはAndroid OSに限定されます。ヒアラブルデバイスを応援購入したユーザーは、耳認証技術のデモンストレーションも兼ねてNECが独自開発した「ボイスメモ」アプリを、Androidスマホ等にインストールして使えるようになります。
NECのボイスメモアプリでは、ヒアラブルデバイスを装着したユーザーだけがアプリにアクセスして録音ファイルを聴くことができます。アプリの初期セットアップ時に、電子音を使って4回続けて耳の形状をスキャニング。ユーザーの耳情報をイヤホンに登録すれば、あとはアプリを使う前などに1度だけ生体認証でログインできるようになります。
中島氏は、耳認証技術を使うと、例えばオンライン会議に参加するメンバーのなりすましを防ぐこともできると話します。ビデオ会議の場合、カメラをオフにされてしまうと本人が出席しているかわかりません。ヒアラブルデバイスによる参加者確認を、離れた場所にいる管理者もチェックできるようになれば、オンライン会議に各自が安心して参加できます。
イヤホンの新しい使い方に挑戦を続けるNEC
NECは以前から「スマホの次世代を担う音声コミュニケーションデバイス」として、耳に装着して使うヒアラブルデバイスに着目して開発を進めてきました。今回の新しいヒアラブルデバイスには、9軸加速度センサーや近接センサーも搭載しています。中島氏は、デバイスを装着しているユーザーの頭の動きをトラッキングしてジェスチャー操作に応用したり、NECが独自に開発する音響定位技術(音源を空間に仮想的に固定)によって、実空間を生かした「音のAR」のような体験を実現する「SSMR(Space Sound Mixed Reality)」を取り込むことも、将来的にできるかもしれないと語ります。
今回取材したNECの新しいヒアラブルデバイスは、発売後のソフトウェア更新などによってどこまで新しい機能を盛り込めるのかはわかりませんが、ワイヤレスイヤホンの新たな使い道を切り拓いてくれそうな期待がわきます。
NECのヒアラブルデバイスは既にMakuakeでの応援購入を終了しており、29,800円(税込)で販売されました。一般販売の計画はまだ決まっていないそうですが、青木氏はBtoB向けソリューションやサービスを結びつけて事業にすることもできそうだと話しています。
ハードウェアは買い切りではなく、企業向けのオフィス用品と同様にリースやレンタルの形態とすれば、NECが提供する最新のデバイスやサービスを多くの人に使ってもらえて、企業側の導入負担も抑えられるのではないかとも展望します。NEC独自の通話ANCや耳音響認証の技術を、外部のパートナーにライセンシングする道もあるでしょう。通話ANCと生体認証という2つの便利な機能が、快適なリモートオフィスを模索する多くの人々を支えるものになることを願うばかりです。