航空業界で拮抗するボーイングとエアバス

私は航空業界についてはまったくの門外漢であるが、長い間の外資系務めで大変にお世話になったこの業界については何故か常に関心を持っている。

1年で20回以上も海外出張をした年もあったくらいに「空の旅」にどっぷりつかっていた仕事人生であったように思うが、自分自身は元来飛行機嫌いである。あの鉄の塊が空を飛んで十何時間も飛行するという奇妙な事実自体、航空力学以前の感覚の問題で、基本的には受け入れがたい性質のものである。

とはいっても、海外出張の連続であった私はあの狭い空中空間に閉じ込められる事態を、機内サービスのカクテルの連続摂取という方法でなんとか乗り越えてきた。私は決して「昔は寝床は空の上のようなものだった」などと言うことを自慢話にするタイプの人間ではない。度重なる海外出張ではいつも、できれば"どこでもドア"で瞬間移動できればいいと思っていた。

  • 旅客機

    大勢を乗せて何十時間も空を飛ぶことができる「飛行機」は世界中で利用されている

冗談はさておき、民間ジェット旅客機市場の二大ブランドのニュースが最近目についた。ボーイングの主力小型機「737MAX」のエチオピアでの事故と、その後の同社の対応に対する批判、そして先般フランスで開催された「パリ航空ショー」の報道など、航空業界に関する話題が否応なしに目に入ってくる。これらの報道で特に私の関心を引いたのは、この業界が典型的な2社寡占状態になっている点である。かいつまんで説明すると下記のような状況であるらしい。

  • 旅客機の世界市場は年間約1800機(2018年)。
  • 単価400~500憶円と言われるその巨大市場を米国のボーイングと欧州のエアバス(本社はフランス)がきっちり半々で分け合っている。
  • 737MAX事故を受けて米連邦航空局の調査・審査が長引いている間に、キャンセルが相次ぎ、ボーイング幹部の対応についての批判も重なり、ボーイングの企業としての危機も伝えられた。
  • しかし唯一の競合であるエアバスは6000機にも及ぶ受注残を抱えており、現在は注文に応じるので精いっぱいの状況である。
  • そんな中、欧州航空大手のInternational AirlinesGroup(IAG)は事故を起こした同型機737MAXの新規200機の注文を目指しボーイングとの交渉に入っている。これにはエアバスの生産キャパシティーが限られていることが大きな要因となっているらしい。
  • 民間ジェット旅客機市場は需要がますます高まる中国が先導役となり、世界市場規模は上昇を続けており、この2強の今後の動きはますます注目される。
  • 航空業界

    この2~3か月、航空業界の寡占2社に関する報道が目立った (著者所蔵イメージ)

民間ジェット旅客機市場の歴史的背景をざっと調べてみたが、非常に興味深い。もともと軍用航空機から始まり、一般人向けの長距離国際線が登場し、プロペラ機からジェット機への大きな技術的転換期を経た後、オイルショック後の経済性追求の時期を経る間に、いくつかあった旅客機製造ブランドも現在のボーイングとエアバスの2強に淘汰された。大変に技術集約的であるし、現代経済の重要なインフラの一部を担う点などを考えると、私が長年関わってきたマイクロプロセッサー市場との類似性が感じられる。

AMDとIntelが寡占状態を維持するx86マイクロプロセッサー市場

上記の通り民間ジェット旅客機市場とx86マイクロプロセッサーは下記の点でいくつかの類似点が見られる。

  • かつては複数のブランドが存在したが、激しい競争の末に2強の寡占状態となった。大変に技術集約的で参入障壁が高く、新規参入企業が生まれにくい。
  • 現代経済インフラの重要な一部となっているので世界の経済成長とともに市場全体が未だに成長し続けている。
  • 企業としての成長には不断の技術革新が大変に重要な要件となるが、製造キャパシティーの問題も大きな課題となる。製造キャパシティーの増強には膨大な設備投資が必要となる。

IntelはCPU市場における独占的地位を固めながら圧倒的なキャパシティーを保有していったので、AMDにとってIntelと互角に戦うためにはCPUデザインにおける技術革新競争と同時に、微細加工技術の開発とそれを移植したファブへの巨額な設備投資を進めなければならなかった。この3つの大きな要件をすべて満たして初めて世界最大の半導体メーカーIntelとの互角の勝負ができるわけである。

そんな極めて厳しい条件の中でAMDはその市場シェアを2001年に20%まで拡大することに成功した。しかし、その後Intelが独占的地位を濫用した違法な行為でAMDの市場シェアの奪回に動き、その後にAMDのシェアは減少していった。

この辺の事情については過去に書いた通りである。

参考:巨人Intelに挑め! – 最終章:インテルとの法廷闘争、その裏側 第18回「AMD、インテル相手の民事訴訟手続きに入る」

結局AMDとIntelは裁判を目前にして和解が成立し裁判自体は行われなかった。

  • CPUシェア推移

    1990年後半から2000年前半のシェア推移 (AMD社のIntelへの訴状をもとに筆者作成)

民間ジェット旅客機市場とCPU市場、寡占状態に変化は予想されるか?

民間ジェット旅客機市場ではホンダ、三菱重工業、中国勢などからのビジネスジェットのようなニッチ市場への新規参入が期待されているが、大型の本格的な旅客機の市場はしばらくボーイングとエアバスの寡占が続きそうである。航空機産業自体が技術的・法的な面で新規参入障壁が高く、また安全保障という政治的側面が影響するという点での特殊性もその要因の1つであろう。

しかし、CPU市場の今後については下記のような大きな変化の兆しがある。

  • キャパシティーの問題は、AMDがファブレスになり最先端のプロセス技術を保有する世界最大のファウンドリーであるTSMCと組むようになって状況は一変した。特に現在のAMDのCPU/GPUのデザインは大変に出来が良く、Intel・NVIDIAのシェアに大きく迫る可能性は十分にある。
  • CPU市場はどんどん多様化している。ArmコアベースのCPUはスマートフォンを中心に確固とした市場を形成したし、今後サーバー市場などのx86 CPUの牙城に切り込む可能性がある。
  • GAFAに代表される巨大プラットフォーマーが自社仕様のCPU・アクセラレーターを開発しているので、これらが"汎用"CPUの市場に食い込んでくる可能性もある。

民間ジェット旅客機もCPUも各社がしのぎを削って技術革新をすすめながら市場自体が活性化されることに変わりがないが、グローバル市場でのマーケット・ダイナミクスは国単位の政治的な動きに翻弄される局面が増えるのではないだろうか?

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。

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