最近毎日のように報道される米中の技術覇権争いに関する記事を見ていると、覇権争いの核心が明らかになってきているように思える。私が特に注目するのは下記の点である。

  • 技術覇権の中心は5Gに絞られてきており、特にその技術を実現する半導体の設計・生産をどう抑えるかという点が両国が核心と認識する分野である。
  • 両国は政治・経済・法の領域におけるその持ちうる全ての手立てをぶつけ合う形で今後もますます激化すると予想される。
  • 技術覇権をめぐる争いは国家安全保障上大変に重要な課題であるが、政治判断次第では自国の経済を弱体化させる恐れを含んでいる厄介な問題となっている。
  • 米国の自由主義経済と中国の国家資本主義経済の原理はもともと相いれないものであり、この争いは多くの国と企業を巻き込んで今後も継続されると予想される。

禁輸措置を免れる可能性があるAMDとIntel

中国に対する禁輸措置という高いレベルでの大統領からの方向性が示された後、現在では具体的な禁輸領域が五月雨式に明らかになっている状態である。

その中でIntelとAMDのパソコン用のCPUは対象から除外されるらしいという報道があったのは興味深い。米国が標的にしているファーウェイはもともとパソコン市場での存在感はないし、パソコンはエンド製品としてその戦略的重要性が終わっているからであろう。しかもこの分野では米国ブランドが(レノボを除いて)圧倒的主導権を持っている。

x86の技術はデータセンターのビルディングブロックとなっているPCサーバーにも使用されているが、AMDやIntelのサーバー用のCPUが禁輸対象になるかどうかは明らかになっていない。サーバーCPUあるいはサーバー製品自体が禁輸対象となれば、Alibabaやテンセントなどの中国の大規模ITプラットフォーマはかなり打撃を受けるであろう。

変わって5Gに絡む製品領域はかなり具体的な包囲網が明らかになってきている。エンド製品としてはファーウェイの市場シェアが大きい領域で、これから5Gに移行するスマートフォンや基地局機器に対する締め付けはかなり徹底している。ここで最も悩ましいのはスマートフォンのCPUと5Gモデムの技術で業界をリードするQualcommなどの半導体企業であろう。今後は半導体製品の禁輸措置の具体的指標となる「エンティティー・リスト」にどの企業のどの製品が載るかが注目点である。当該の企業のトップマネジメントではワシントンとの間を取り持つ渉外担当の“ExternalAffairs”とか“Government Relations”などの肩書を持つ役員たちは現在最も忙しいのではないか。Intelは最近アリゾナの新工場の稼働開始を期に「Intel Manufacturing Day」なるイベントを開催して政府へのアピールに余念がない。このイベントの開催責任者はIntel政府関係の渉外担当VPである。

  • 半導体製造

    半導体は米中の技術覇権争いの中心にある (著者所蔵イメージ)

製造拠点とサプライチェーン企業の国籍が重要になる

禁輸措置を実施する方法としては、当該製品・技術を開発・製造している企業をエンティティリストに載せることである。その対象は当初は当該半導体製品そのものであったが、最近の米国の動きではサプライチェーンの上流にまで遡って行おうとしている。

米国の当面の標的はファーウェイで、これに対する当該半導体製品の禁輸であったが、最近ではさらに枠を広げてサプライチェーンの上流にある製造装置・材料などを視野に入れている。製造装置の主な企業はApplied Materialsを筆頭に米国系が多く、その他の製造装置・材料企業は日本や欧州に多く米国の同盟国が圧倒的である。

これは米国にとってはまさに「伝家の宝刀」である。ここでの米国の標的はSMICである。現在世界半導体ファンドリー企業ランキングの5位につける中国のSMICだが、製造キャパシティはトップを行くTSMCの10分の1に満たないし、製造プロセス技術は最先端では14nmを擁すると言われているが、実際の量産ラインでは主に55-65nmが使われている。ファーウェイが必要とする5G分野での先端チップを製造するにはかなり無理があるし、中国が目指す半導体国内自給率を2025年までに70%に引き上げるという目標はこの状況が継続されれば絵に描いた餅に過ぎなくなる。

米政府による自国生産拠点強化への積極的な投資と域外適用の荒業

世界最大のファウンドリ会社のTSMCはアリゾナ州のチャンドラーに120億ドルを投じて5nmプロセス、月産2万枚の工場を設立すると発表している。この決定には米政府の誘致への強力な働きかけがあったことは明らかである。同じアリゾナにはIntelが新工場を稼働開始したという報道もあった。

  • キッシンジャー

    当時のキッシンジャー国務長官を囲む1980年代のSIAのメンバーたち (著者所蔵写真)

SIA(米国半導体協会)は「半導体製造における米国政府の補助金と米国の競争力」なる報告書を発表し、米国での半導体生産拠点を強化することは米国の経済、国家安全保障上の戦略的な意味を持つという内容をアピールしている。政府からの直接の補助金500億ドルを要求するという非常に具体的かつアグレッシブなキャンペーンである。かつてSIAは日米半導体摩擦で中心的な役割を果たし、結局米国USTR(通商代表部)から「スーパー301」と呼ばれる対日貿易制裁関税の実施を引き出した米国内でも名うての実力派圧力団体である。

米国政府にはもう1つの法的な強力な手立てが残っている。国内法の適用範囲を海外にも広げる「国外適用」である。多国間のビジネスではドルが基軸通貨であるため米国の金融システムを決済のために利用する場合が圧倒的に多い。いくら企業同士が買収などのビジネス内容で合意しても決済銀行に圧力がかかって実際には成立しないという例は今後増加するであろう。

中国もこの「域外適用」を今後行使する可能性は高い。またグローバル企業同士の合併には主要国の独禁当局の承認が必要となるが、世界最大の市場である中国で海外企業同士の買収・合併などが作為的に妨害される恐れもある。

米中の技術覇権争いは多くの国・企業を巻き込みながら繰り広げられてゆく状況である。