ますます身近になるAI

先日、いつものとおり夕方の中途半端な時間にちょっと一杯やろうと蕎麦屋に入ったら、同じ店で年配者のグループが5~6人で飲んでいた。

空瓶の数から察するにもう相当調子が上がっているような感じだがいかにも紳士的に飲んでいる。思わず話し声が耳に入ってきた。

話の内容から察するにどこかの研究所のOB達らしい。ほとんどが昔話であるが、技術的なものが多いので興味が沸いて聞き耳を立てていると、突然その中の1人が「私も最近Pythonを遅まきながら勉強し始めましたわ、世の中の動きから取り残されるようになったらいかんですからな」などと言っているのが聞こえてきた。ご存じのようにPythonはAIやIoTなどの開発に多く使われるプログラム言語である。

その日はたまたま大学のゼミの先生への年末のご挨拶がてら雑談をして帰ってきたところであった。先生との会話で話題になったのが、この年の瀬になって2020年度開始の「大学入学共通テスト」の記述式問題の採用が見送りになったという文部科学省から発表である。こうした政策変更は当該する受験生たちにとっては大変なストレスであろう。

記述式が見送りになった理由の1つに、十分な人数の採点者が集まらなかったことがあげられている。この問題について先生は「採点者をAIのプログラムに置き換えればいいのに」とさりげなくコメントされていた。ちなみにこの先生は中世ヨーロッパ史が専門である。こうした会話を先生としてきた後の蕎麦屋での年配グループの話であったので、かなり驚いた。

AIがどんどん我々の生活に入り込んでいる現実を今さらながら考えさせられた。「AIで無くなる仕事、無くならない仕事」などといったタイトルの本が本屋で平積みになっているのを見ると、人々はAIがもたらす便利さは歓迎するものの、「知らないうちに生活に入り込んでくるもの」といった漠然とした不安を感じているように思う。

最近のAIの最先端研究分野では、AI技術そのものの研究者と哲学・倫理などの研究者がコラボする段階になっている。いよいよ人間はAIとの共存を真剣に考える段階になったといえる。大学の文系の講義の中にもAIの登場を社会的な観点から、哲学的観点からとらえるものが多くなってきている。

技術の進化が社会を大きく変えてしまうことは、太古の鉄の発明や文字の発明から蒸気機関の発明による産業革命まで人間は経験的に認識していることであるが、変化が急激に継続されている最中ではそれがどこへ続いているのかわからないことがよくある。スマートフォンの普及と巨大プラットフォーマーの登場はAIの社会化を加速させ、さらに身近な存在としてゆく。

  • AIロボット

    AIはますます身近な存在となる(写真はイメージ)

Intel・Samsungの変調とTSMCの躍進

さて話は変わって半導体業界の2019年の様子である。ちょっと前にも、IntelとSamsungという半導体業界における東と西の2大横綱の変調について書いたが、2社の変調の中身はかなり性質が違うものであるが、それでも2大半導体ブランドメーカーが変調を見せた、という事実では共通している。

興味深いのは、その2大半導体ブランドメーカーの変調を後目にファウンドリー業界の一人横綱であるTSMCがますます意気盛んだということである。プロセスの微細化にてこずるIntelのみならず、CMOSセンサーの生産が追い付かないソニーからも生産を委託されるという報道も出てきた。GAFAなどの巨大プラットフォーマーが自社開発のSoCチップの生産ができるのもTSMCなどのファウンドリーの存在なしには考えられない。ファウンドリーとしては、NANDやDRAMの市況悪化により業績に大きな影響を受けたSamsungもファウンドリービジネスを着実に増加させている。過去には、AppleからのCPUの受託生産の実績もある。

  • Intel

    チップ生産が間に合わないIntelはそのチップ生産の一部をTSMCなどのファウンドリに委託することで生産量を賄おうとしている (著者所蔵イメージ)

また、Intelも多角化を進めている。データセンターのメモリーストレージの高速化を図るOptane Memoryの生産量を増やすため、メキシコにあるFab.11Xをメモリー専用工場として2020年からの出荷に備える。

海外報道によると、IntelのEUV露光技術のパートナーであるASMLがIEDMにてIntelの向こう10年のロードマップらしきものを発表したとのことだが、それによると2029年にIntelとASMLは1.4nmという驚異的な微細加工技術を目指していることがうかがえる。かつてのIntelは宣言したことをかなり高い確度で実現してきたが、ここ数年のプロセス開発における迷走を考えると2nm以下というとんでもない微細加工の時代でも常勝横綱の地位にあるかどうかは誰にもわからない。

CPUとメモリーという半導体の両輪をけん引しながら今日の地位を築いた2大ブランドであるIntelとSamsung、そしてファウンドリーで圧倒的な存在感を持つTSMCはそれぞれの今までのビジネス領域での境界線を越えた動きを見せている。2020年はこれらの巨大半導体メーカーがビジネスモデルの大変換という領域まで視野に入れて動いていくことが予想され予断を許さない状況である。

量子コンピューターの発表が相次ぐ

2019年の大きな話題は何といっても量子コンピューターであろう。0と1のバイナリーではなく「0と1の状態の量子力学的重ね合わせ状態をとる量子ビット」をロジックの基本とし、今までのプログラム内蔵型のノイマン式コンピューターではない方式をとる量子コンピューター(Quantum Computing)の基本構造については残念ながら私には理解不能である。

しかし、英語で「Quantum Leap (量子跳躍)」などという言葉はかなり以前から「突然とんでもない進歩を遂げること」という意味で一般的にも使われていたことを考えると、量子コンピューターはかなり前から科学者の間で研究されていたのであろう。

2019年はその量子コンピューターに関するニュースが年末に向けて次々と飛び込んできた。その口火を切ったのはGoogleであろうお。その後、量子コンピューター絡みのニュースが次々と技術メディアを賑わせた。この2か月だけでも以下のものがある。

  • Googleが量子コンピューターのベンチマークを英科学雑誌ネイチャー誌に発表。
  • この内容に対し「誤解を招く」とIBMの量子コンピューターチームが公開で反論。
  • IntelとMicrosoftが相次いで量子コンピューターの複雑なケーブリングを解消するためのCryo-CMOSコントロールチップを発表。
  • 量子コンピューターの分野で先行するカナダのD-Wave SystemsがNECと協力体制を組むことを発表。NECはD-Waveに1000万ドルの出資をする。D-WaveはNECのほかにも日本のデンソーやトヨタなどともすでに協力体制をとっている。
  • 量子コンピュータ

    量子コンピューターは今年のバズワードの1つとなった。写真は話題となったGoogleのSycamore processorを量子アーティストが演出したもの (C)Forest Stearns/Google

今のところ発表された内容は各社のPR合戦の域を出ないものであるが、2020年2月に開催される「ISSCC(国際集積回路技術会議)」などでは試作品の実装方法なども発表される予定で、大きな話題となるであろう。

「より高速な計算の方法論を探る」というのはこの業界をドライブする原動力であるが、量子コンピューターは一躍今年のバズワードとなり金融界の一部ではすでに反応が出ている。現代社会ではかなり重要な項目である情報の暗号化方式が破られるのではないか、などというのがその一例だが、実際の運用はまだまだ先であるし、ノイマン型コンピューターのシリコンベースの半導体デバイスで実現できる領域はまだ加速的に広がっている。

量子コンピューターが目指す主要なアプリケーション領域はAIであろうと思われるが、人間はAIとの共存の方法を探っている最中であり、この問題にある程度の目途がつかないまま突っ走ると変な方向に行くのではないかという心配もある。

2019年の私のコラムはこれが最後になります。2020年が皆様にとって良い年でありますように!!

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。

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