半導体市況の復調が連日のように報じられている。一年ほど前まで、スーパーサイクルとも言われ、留まるところがなかった半導体市場の拡大ペースであったが、スマートフォン市場の一服感と米中貿易戦争の影響で減速し始め一気に在庫が膨らんだ状況に陥ったが、このところ復調が鮮明化してきている。

TSMCの決算発表によればいよいよ5G技術が市場に浸透し始める兆候が明らかなようだ。研究開発段階ながら6Gの話もそろそろ聞こえ始めていて、浮き沈みする他の産業界を横目に半導体業界は新技術の出現でさらなる市場拡大を維持している。「世界半導体ランキング」で常に1位2位を争うIntelとSamsungは、各々が四半期の売り上げだけで150億ドル以上を売り上げる2大巨人である。

2018年は長い間君臨してきたIntelの王座をSamsungが奪うというニュースが話題となったが、2019年になってIntelが王座を奪い返した。第3位のTSMCの総売り上げはこの2大巨人には遠く及ばない。この2大巨人の最近の決算発表内容を眺める機会があったので、この半導体業界2大巨人について考察してみようと思う。

40年近いAMDの経験で社長職も務めたリッチ・プレビット(会長はジェリー・サンダース)が引退後、仲間内の会食で言ったことを思い出す。「AMDではいろいろあったけど、落ち着いて仕事ができたのは1985年の第2四半期と、第3四半期だけだったなあ…」。

1985年と言えばAMDがIntel互換のAm80286を発表し、80386で逃げるIntelを猛追したころであった。この2四半期は顧客からの注文がしっかり入ってきて、あとは作って売るだけという半導体ビジネスでは理想的な状態だった。しかし翌1986年には2回目となる未曾有の世界的な半導体不況が業界全体を襲い、AMDも事業縮小をやむなくされた。半導体会社の幹部は好調な時でも何らかの不安材料を抱えていて、憂鬱な状態に置かれるものである。

  • Am486

    筆者所蔵のAm486ウェハ

Intelの憂鬱

  • Intel

    2019年第3四半期、記録的な業績を達成したIntel

社内の女性問題で突然辞任した前CEOにかわって、2019年1月からIntelのCEOを務めるようになったBob Swanが2019第3四半期の発表を行った際の資料をざっと読んでみた。これは証券アナリストたち向けの発表で、まずIntel側が四半期を総括し、その後にアナリストたちが質問するという形式である。これによると下記がおおよその概要である。

  • 2019年第3四半期(7-9月期)、Intelの売り上げは192億ドルを記録し、過去最高だった。
  • 売り上げの伸びを引っ張ったのはIntelが「クラウドビジネス」と呼ぶ分野で、実はこれはXeonブランドのサーバーCPUの売り上げである。
  • 最近Intelが力を入れているOptaneブランドのメモリービジネスも順調に成長している。Oracleが採用を決定したらしい。これはIntelにとって大きなステップだ。
  • PCクライアントビジネスではIntelのCPU出荷が需要を賄いきれずに、ローエンドでシェアを落としたと認めている。Intelからシェアを奪ったのはもちろんAMDである。
  • 10nmプロセス開発も順調にボリュームを上げていて、Arizonaのファブでの10nm生産も始まる。10nmプロセス製品は2020年に本格的となり、5G用のSoCチップの生産に期待している(多分ベースステーション用のFPGAであろう)。
  • 7nmプロセスの開発も順調で2021年に発表予定のデータセンター用のディスクリートGPUが最初の製品となる(これは興味深い)。5nmの開発も進んでいる。

こうしたアナリスト向けの決算発表の説明会では、前段の業績説明ではほとんどが前向きな説明に終わり、その後のアナリストからの質問の部分で痛いところを突かれるのがパターンであるが、今回の説明会でもIntelのプロセス技術開発の遅れについての質問が相次いだ。

アナリストが念頭に置いているのはTSMCの驚異的な先端プロセス開発のスピードである。現在TSMCは7nm製品をすでに量産しており、その最先端プロセスを使用するロジックデザインはAMDを始めとするIntelの競合ばかりである。今の最先端ロジック半導体の市場構図は「Intel」対「AMDを始めとする他のファブレス企業+TSMCの連合軍」の様相を呈している。

Intelにはもう2つの懸念材料がある。1つは明らかに収縮するPC市場で、その中でもx86マイクロプロセッサの独占が崩れていることだ。最近のMicrosoftがSurfaceに独自開発CPUを使用したことがそれを象徴している。もう1つは稼ぎ頭のデータセンター用サーバーCPUのビジネスである。猛追するAMDに加えてデータセンターを保有するプラットフォーマーたちが独自ソリューションを開発している。

過去最高の売り上げを発表したIntelのCEOの頭では今何が去来しているのだろうか?

Samsungの憂鬱

  • Samsung

    Samsungの業績を支えてきたメモリ事業はDRAMもNANDもメモリバブル崩壊のあおりを受ける結果となっている

ここで私が言うSamsungとはグループとしてのSamsungである。グループのビジネスには大きく分けて3つの柱がある。スマートフォンを含む家電部門、DRAM・NANDを主力とする半導体部門、それと液晶テレビを含むパネル部門である。文字通りのアジア全体を代表する巨大企業であるSamsungであるが半導体部門の役割は突出して大きい。

2018年12月期では半導体は売り上げの35%、営業利益の76%を稼いだが、その後のメモリー市況の悪化で、2019年第3四半期のグループの利益は昨年同期比で56%減という結果だった。前掲のIntelの場合よりも今後の見通しは厳しそうである。Samsungのビジネスの内容を考察すると下記のような問題点が見えて来る。

  • スマートフォン市場には中国をはじめとする低価格ブランドがどんどん進出している。Appleのようなトップブランドの価格帯を支配できないSamsungはこれら中国の低価格ブランドからの価格プレッシャーを受けやすい。
  • ビジネスの柱となっているメモリー半導体市場は市況の影響をまともに受けやすい。国を挙げて半導体技術の向上を支援する中国からの参入が間もなく本格的に始まるだろう。技術的にはまだまだ差があるとはいえ、紫光集団がDRAM市場に参入したことは将来大きな脅威になるであろう。低価格帯に入り込まれると全体の価格下落の原因となる。
  • ディスプレー関連のビジネスは日本のJDIの経営状態が象徴しているように、市場そのものがコモディティー化しているので厳しい現状である。折り畳み式ディスプレーなど技術革新の余地はまだあるが厳しい価格競争の世界であることには変わりがない。ここでも中国企業は積極的に参入している。
  • 名将イ・ゴンヒ氏が退き、リーダーシップを継いだグループ代表のイ・ジェヨン副会長はパク・クネ前大統領側への贈賄事件で審理が継続中である。今後の行方が懸念される。

こういった状況はあるがSamsungも手をこまねいているわけではない。果敢な研究開発投資を継続しロジック半導体のファウンドリービジネスを増強している。世界のファウンドリ-需要の半分を掌握するTSMCに続いてSamsungは18.5%のシェアを確保し、先行していたGLOBALFOUNDRIES(GF)をすでに追い抜いてTSMCを追撃している。AppleからCPUの受注に成功したとも伝えられる。しかし、同じスマートフォンというエンド製品では競合関係にあるSamsungとAppleの関係が盤石だとは言い切れないだろう。

「安泰」という事がないビジネス

シリコンバレーではよく「What is keeping him awake at night these days?」という表現を聞く。「今は彼は何に悩んでいるんだい?」という意味だが、この業界ではイノベーションが常に市場をドライブする代わりに、幾多の問題が次から次に発生し、その問題の中には将来のビジネスに決定的なインパクトを与えるようなものも含まれている。決算発表などの公の場では「絶好調!!」などとポジティブに振舞わなければならない半導体業界の幹部たちの神経症的な憂鬱はまだまだ続く。