9月7日と8日にわたって開催されたレッドブル・エアレース2019千葉最終戦で、日本の室屋義秀選手が優勝を果たした。室屋選手は千葉での5回の大会中3回目、全レッドブル・エアレースを通算して8回目、今シーズンでは4戦中3戦の優勝。年間ポイント数では前回バラトン湖戦の優勝者、マット・ホール選手(オーストラリア)にわずか1点及ばず、2位となった。

日本の千葉戦で、室屋選手が優勝という理想的なフィナーレ。しかしその戦いはすべてのレッドブル・エアレースファンが忘れることのできない、想像を絶するドラマだった。第2回は、会場全体が息を飲んだラウンド・オブ14の様子を紹介する。

  • レッドブル・エアレース

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台風で予定変更、ハンガーウォークは中止

台風接近の予報を受けて当初予定から4時間繰り上げられ、朝10時の開始が告げられたレッドブル・エアレース千葉最終戦決勝日。中止すらあり得ると心配していた6万人の観客は、突然の時間変更にも対応し、9時の開門には長い列を作っていた。

また、通常は本戦日の朝には「メディア・ハンガー・ウォーク」という、格納庫エリアで選手たちにインタビューするイベントがあるのだが、朝10時開始では間に合わないため中止になってしまった。本戦前の選手にインタビューできないということは、本戦後の表彰式に来れない選手とはもう会えないということでもある。昨日の予選日でのメディア・ハンガー・ウォークが最後になってしまったことが残念だった。

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  • 今年はファンとの交流イベントが開催できなかったが、各国の選手を応援するファンは様々なグッズを用意 (c)RedbullContentPool

まさかの0.01秒差、室屋選手初戦敗退?

幕張海浜公園の砂浜に詰めかけた6万人の観客が最も楽しみにしているのはもちろん、室屋義秀選手の飛行だ。1回戦のラウンド・オブ14は、14人の選手が7組に分かれて一騎打ちをする。組み合わせは予選の順位で決定され、予選5位の室屋選手の飛行順は1組目の後攻となっている。先攻の対戦相手はベン・マーフィー選手(イギリス)。イギリス空軍のアクロバットチーム「レッドアローズ」の元隊長で、2018年シーズンデビューのルーキーながら、2019年は年間ランキングで4位にまで上がってきた実力派だ。

前日の予選での上位選手の記録は57秒前後。しかし、レースコースの飛び方は風によって変わってしまう。今日のコースは昨日のコースとは別物かもしれないのだ。スカイスポーツにとって朝一番の飛行は、前の飛行を参考にできない難しさがある。

そしていよいよ、最後のレッドブル・エアレースが始まった。マーフィー選手はペナルティなくコースを周回したが、記録は57.897秒。室屋選手の昨日のタイムは57.570秒で、まだ改善の余地があると語っていたことからも、余裕で勝てるだろうと誰もが思った。

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  • 本戦の口火を切ったマーフィー選手。確実なフライトで室屋選手の余裕を奪った (c)RedbullContentPool

しかし、続いて飛んだ室屋選手の記録は冴えなかった。中間タイムは3回表示されるが、1回目と2回目はわずかにマーフィー選手より遅い。3回目では0.15秒リードしたが、最終タイムはなんと0.015秒差でマーフィー選手に敗れていたのだ。英語実況のアナウンサーは「室屋はおそらく、レースから脱落した!」と絶叫した。

このとき室屋選手は、自分のベストタイムを57秒ちょうど程度と予測。マーフィー選手は57.897秒だったので「0.3~0.5秒程度、ベストタイムより遅く飛んでも勝てる」と判断していたという。ある程度のタイム差が見込める場合、ギリギリを攻める操縦をして1秒単位のペナルティを受けるリスクを冒すより、余裕を持って確実にノーペナルティを目指した方が良いからだ。

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  • 6万人の観客の歓声の中、ノーペナルティで雄姿を披露した室屋選手。ところがタイムはわずか0.01秒差で負けていた (c)Akira Uekawa

しかし結果的に、室屋選手のタイムは自身の予想より遅かった。「あれっ、勝ったのかな、と思ったら0.01秒差で負けたと聞いて、うわっやっちまった、と」と室屋選手は語るが、そのときのコックピット内での室屋選手の表情は、呆然の一言に尽きた。もちろん、会場の観客も同じ表情だ。

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    コックピット内で敗退を告げられ、バイザーを上げて呆然とした表情を浮かべる室屋選手。ワイプ画像内ではマーフィー選手がガッツポーズ (c)RedbullContentPool

敗者復活へ、まな板の鯉の12レース

最後のレッドブル・エアレース、それも千葉大会の1回戦ラウンド・オブ14の、1組目で敗退というのは、単純な敗北というだけではない最悪の事態だ。しかも室屋選手は前回バラトン湖戦でも、そして昨年の千葉戦でもラウンド・オブ14で敗退している。これほど屈辱的な幕切れはない、と言っていいだろう。

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    ピート・マクロード選手(カナダ)はペナルティ1秒を受けたが勝ち抜け (c)Akira Uekawa

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    マティアス・ドルダラー選手(ドイツ)はマクロード選手に敗退。尾翼に「THANK YOU」の文字を描いて観客に別れを告げた (c)Akira Uekawa

とはいえ、望みが絶たれたわけではない。ラウンド・オブ14での7名の敗者のうち「最速の敗者」はラウンド・オブ8に進出できるからだ。残り6組12人の選手がどう飛ぶか、室屋選手はただ、「まな板の上の鯉」のように自分の運命を待ち続けることになった。室屋選手の記録は57.912秒で、これは予選では全選手の平均的なタイム。2人ともこの記録より早い組み合わせが1つでもあれば、室屋選手の敗退が確定する。

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    フランソワ・ルボット選手(フランス)は好タイムでクリスチャン・ボルトン選手(チェコ)を下した (c)Akira Uekawa

ここから先はファンも室屋選手も、1人のフライトからも目が離せないサドンデスの展開だ。2組目から5組目まで、敗退した選手の記録はすべて室屋選手より遅く、室屋選手は順位表の中で「最速の敗者」の地位に残り続けていた。

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  • 前戦優勝のマット・ホール選手(オーストラリア)は14人中最速タイムで勝ち抜け (c)Akira Uekawa