KDDIの大規模通信障害を機として、非常時に事業者間でローミングする仕組みに関する議論が総務省で進められています。2022年11月15日には、その第1次報告書案が提示されましたが、どのような形で非常時ローミングを目指そうとしているのでしょうか。また、そこに課題はないのでしょうか。

最大の争点「呼び返し」は「必要」という判断に

年の瀬に向けて2022年を振り返る発表やイベントが増えていますが、携帯電話業界の2022を振り返るうえで欠かせないできごとの1つに、KDDIの大規模通信障害が挙がることは間違いないでしょう。2022年7月2日からおよそ3日間にわたって続いた通信障害によって、「au」「UQ mobile」などKDDIのモバイル通信回線を利用したサービスが音声通話を中心に利用できなくなり、大きな社会問題にも発展したことは記憶に新しいかと思います。

  • 大規模通信障害を発生させたKDDIは、その対策に向け今後500億円の追加投資を実施するとしている

そのKDDIの通信障害を受けて注目が高まったのが、特定の事業者の回線が利用できなくなった時、他社回線を経由して通話や通信を維持する「非常時ローミング」。関心の高まりを受けて総務省が有識者会議「非常時における事業者間ローミング等に関する検討会」を立ち上げ、実現に向けた議論が進められています。

執筆時点では、2022年11月15日の第4回会合まで実施されているこの検討会ですが、その第4回会合では非常時ローミングに向けた基本的な方向性を示す第1次報告書の案が提示されているようです。その内容を確認しますと、携帯電話事業者は「一般の通話やデータ通信、緊急通報機関からの呼び返しが可能なフルローミング方式」をできる限り早期に導入することとされています。

  • 総務省「非常時における事業者間ローミング等に関する検討会」第1次報告書案より。非常時ローミングでも通常の通話やデータ通信ができ、呼び返しも可能なフルローミングの導入を目指す方針が打ち出された

非常時ローミングを実現するうえで大きな争点となったのが「呼び返し」の存在です。呼び返しとは、警察や消防などの緊急通報受理機関から、緊急通報をした通報者に折り返し電話をすることなのですが、それを実現するには非常時ローミングでも緊急通報だけでなく、一般回線への電話を可能にする必要があります。

ただ、呼び返しのない緊急通報だけを実現するローミングは、技術的にも比較的容易に実現できる一方、一般回線への電話もできる「フルローミング」を実現するには技術的ハードルが高く、緊急通報以外のトラフィックも増えてしまうため運用ルールが複雑になることから、実現に時間がかかってしまいます。それゆえ「呼び返しなしのローミングで早期実現を図る」か、「時間がかかってでも呼び返しありのフルローミングを実現する」かが、非常に大きな争点となったわけです。

今回の報告書案により、総務省は後者を選ぶことを選択したようですが、そこにはフルローミングの実現を要求する有識者の声が多かったことや、緊急通報受理機関側が呼び返しを強く求めていたことが影響したといえそうです。総務省は当初、非常時ローミングの早期実現を唱えていましたが、呼び返し重視の方針を打ち出したことから、早期実現はやや遠のいたといえます。

  • 総務省「非常時における事業者間ローミング等に関する検討会」第3回会合の警察庁提出資料より。「通信障害が生じていないときと同様の環境下」の呼び返しができることを求めている

緊急通報にも「DX」が求められている

ただ、呼び返しなしのローミングが検討から完全に外れたわけではないようです。報告書案では、第2次報告書に向けてさらなる検討が必要な要素をいくつか挙げており、呼び返しなしで緊急通報のみを可能とするローミングの導入もその1つに含まれています。

というのも、フルローミングはあくまで、災害や通信障害で被災した事業者側のコアネットワークが正常に動作している場合にのみ機能するもので、そこに障害が発生してしまうとフルローミングの実現は困難となってしまいます。そうした状況下であっても、緊急通報さえできれば救える命もあるだけに、呼び返しはできないが緊急通報はできるローミングを実現できるかどうかの議論を今後も継続していくようです。

  • 総務省「非常時における事業者間ローミング等に関する検討会」第1次報告書案より。コアネットワークに障害が発生してフルローミングができない時のため、呼び返しがない形での非常時ローミング導入に向けた議論は今後も続けられるとのこと

呼び返しができないローミングを実現するうえで大きな課題の1つとなるのは、通報者が確認できないことから緊急通受理機関にいたずら電話をするケースが増えること。より悪質なケースとしては、多数の端末から一斉に通報して緊急通報受理機関をダウンさせるDoS(Denial of Service Attack)攻撃が仕掛けられる可能性も考えられることから、その防止策などを含め検討を進めていく方針のようです。

また報告書案では、非常時ローミング以外にも複数の手段で通信手段を確保するための取り組みも推進すべきとされており、公衆Wi-Fiや衛星通信などがその対象となるようです。また、ここ最近注目されている、スマートフォンに2つのSIMを挿入できる「デュアルSIM」の仕組みを生かし、メインの回線とは別に非常時に利用できる通信サービスの実現も「期待される」としています。

  • 総務省「非常時における事業者間ローミング等に関する検討会」第1次報告書案より。非常時にはローミング以外の通信手段活用も推進する取り組みを進めていくとのこと

実際、いくつかの携帯電話会社は、他社回線を利用して非常時の通信を確保できる有料サービスを提供するべく話し合いを進めていることを明らかにしています。あまり料金が高いと導入が進まない可能性もありますが、サブ回線を用意できれば非常時ローミングよりも確実に通信できる可能性が高まるだけに、今後各社が非常時に向けどのようなサービスを実現するかが注目されます。

ただそもそも、スマートフォンでデータ通信がこれだけ利用されている状況下にあって、緊急通報の手段が昔ながらの音声通話の仕組みだけで良いのか?という点は疑問が残りますし、実際有識者会議でも、スマートフォンアプリなどを用いデータ通信で緊急通報ができる仕組みを検討すべきでは、という声はいくつか挙がっていました。

一連の通信障害を機に、非常時ローミングが実現すること自体は歓迎すべきことですが、それだけでなくスマートフォンが普及した現在に合わせた“緊急通報のDX”(デジタルトランスフォーメーション)を進める議論も強く求められるでしょう。