NTTドコモは2022年12月12日、三菱UFJ銀行とデジタル口座サービス「dスマートバンク」を提供することを発表しました。専用のスマートフォンアプリを用いて三菱UFJ銀行の銀行口座を利用できるアプリなのですが、競合他社が銀行を直接保有して金融サービスを提供しているにもかかわらず、なぜNTTドコモはみずから銀行を持たないという選択をしたのでしょうか。

三菱UFJ銀行の基盤を活用した銀行口座サービス

市場飽和や少子高齢化などによって主力の通信事業での成長が困難となっていることから、携帯各社は非通信の事業を積極的に拡大しています。なかでも各社が力を入れている事業の1つが金融・決済事業で、とりわけ「PayPay」などのスマートフォン決済などはよく知られています。

その金融サービスで競合にやや遅れを取っていたのがNTTドコモですが、その遅れを取り戻すべく、ここ数年は金融・決済事業の拡大を進めています。2022年12月12日には、新たにデジタル口座サービス「dスマートバンク」の提供開始を打ち出しました。

  • NTTドコモは2022年12月12日に「dスマートバンク」の提供を開始。専用アプリを用いて三菱UFJの銀行口座とNTTドコモのサービスと連携しやすくするサービスとなる

これは、三菱UFJ銀行と提携して提供するサービスで、専用のスマートフォンアプリを使うことにより、NTTドコモが提供するサービスと連携して三菱UFJ銀行の銀行口座をより便利に利用できるというもの。なかでも大きな特徴となるのが、銀行口座を「おサイフ」と「貯金箱」の2つに分けて管理できることです。

おサイフは生活費、貯金箱は貯蓄用の残高となり、それぞれを明確に分けて管理できるようになるわけですが、貯金箱にはもう1つ「はたらく貯金箱」というものも用意しています。これは、資産運用事業を手がけるお金のデザインがNTTドコモと提供している資産運用サービス「THEO+ docomo」を用いたサービスで、はたらく貯金箱にお金を預けることで、難しい知識も必要なく手軽に投資にもチャレンジできるようになります。

  • dスマートバンクでは、口座を「おサイフ」と「貯金箱」に分けて管理でき、「はたらく貯金箱」で投資にもチャレンジしやすくなっている

またdスマートバンクには、口座を利用することで「dポイント」が貯まる仕組みも備わっています。具体的には、NTTドコモの携帯電話サービスやクレジットカードの「dカード」の料金が口座から引き落とされることで年間最大600ポイント、さらに給与や年金の受け取りをすることで年間最大60ポイントを獲得でき、最大で年間660ポイントが得られるとのことです。

  • dスマートバンクの利用により、「dポイント」が年間で最大660ポイント貯まる仕組みも用意される

なぜNTTドコモが銀行口座サービスを提供するのかといえば、金融・決済サービスで競合と対抗するうえで銀行口座が欠かせないからこそでしょう。携帯電話料金やdカードの支払いだけでなく、スマートフォン決済の「d払い」へのチャージなどにも銀行口座は欠かせないものですし、銀行口座が投資やローンなど、他の金融サービスの入口となって利用を増やすことにもつながってくるからです。

なのであればなぜ、NTTドコモは直接銀行を持たないのでしょうか。競合のKDDIは「auじぶん銀行」、ソフトバンクは「PayPay銀行」、楽天モバイルは「楽天銀行」をグループ内に直接保有しているだけに、業界最大手で資本力もあるNTTドコモが銀行を持たない状況が逆に不自然にも見えてきます。

スピード重視で他社の基盤を活用、だが課題も

その理由はひとえに“時間”ということになるでしょう。そもそも、携帯各社がこぞって金融・決済事業に力を入れるようになったのはここ5、6年くらいのことですが、実は競合他社が持つ銀行は、それ以前から存在しているものです。

PayPay銀行の前身となるジャパンネット銀行や、楽天銀行の前身となるイーバンク銀行はいずれも2000年に設立されていますし、ソフトバンクや楽天グループはその設立に関わっておらず、グループ企業による出資などさまざまな形であとから子会社化していますが、それも10年以上前のことです(ジャパンネット銀行の設立には、むしろNTTドコモが関わっていました)。

auじぶん銀行はKDDIが三菱UFJ銀行と直接設立していますが、設立はやはり2008年と10年以上前のこと。3社は、すでに保有していた銀行を、金融事業の重要性が高まったことで積極活用するようになったに過ぎず、金融事業の強化ありきで銀行を設立したわけではないのです。

そうしたことから、もともと銀行を保有していなかったNTTドコモが、金融事業を強化するため銀行口座サービスを提供するには、免許が必要で設立に時間がかかる銀行を新たに作るよりも既存の銀行と協力した方が早い、という判断になり、その結果三菱UFJ銀行と提携して銀行口座サービスを提供するに至ったといえるでしょう。

実際、銀行を保有していない企業が銀行サービスを提供するため、既存の銀行と連携して銀行口座サービスを提供する事例は、ここ最近急速に増えています。その代表例の1つが住信SBIネット銀行の「提携NEOBANKサービス」で、日本航空やヤマダデンキ、高島屋などがこの仕組みを活用して自社ブランドの銀行サービスを提供しています。

また、東日本旅客鉄道(JR東日本)は、ビューカードと新しいデジタル金融サービス「JRE BANK」を提供することを2022年12月13日に発表していますが、こちらは楽天銀行のインフラを活用することが明らかにされています。dスマートバンクもある意味、そうした既存の銀行基盤を利用して自社ブランドで金融サービスを提供する取り組みの1つといえるのではないでしょうか。

  • JR東日本のプレスリリースより。同社は、新しいデジタル金融サービス「JRE BANK」を提供するとしているが、銀行を設立するわけではなく、楽天銀行の基盤を活用するとしている

ただ、銀行サービスという側面でdスマートバンクを見た場合、直接銀行を保有していないことがデメリットとなっている部分もいくつか見られます。dスマートバンクは三菱UFJ銀行が提供するAPIを用いてアプリ上で銀行サービスを提供しているのですが、そのAPIの機能がまだ十分ではないことから、振込などを利用する際には三菱UFJのインターネットバンキングを利用しなければならないなど、サービスが中途半端な状態となってしまっているのです。

  • dスマートバンクは、三菱UFJ銀行が提供するAPIを活用してアプリ上で銀行サービスを提供する形となるが、現時点でできることは口座開設や口座情報の表示などにとどまっている

こうした点は、両社の連携が進むことでいずれ改善されるのでしょうが、顧客に満足できるサービスを提供しやすいという意味では、やはり銀行を直接保有する他社に分があるというのが正直なところ。銀行を保有しないことで生じる課題をいかに解決していけるかが、dスマートバンクの成否を大きく分けることとなりそうです。