今回からしばらく、地理空間情報(GEOINT : Geospatial Intelligence)の話をしよう。Geospatial Informationと書くこともあるが、略すと同じになる。GEOINTは、電子情報(ELINT : Electronic Intelligence)や通信情報(COMINT : Communication Intelligence)と比べるとなじみが薄いが、とても重要な分野である。

GEOINTってなーに?

GEOINTとはどういう意味なのか。字義通りに解釈すると、「地理・空間に関係付けられた情報」ということになるのだが、それでは何のことだかよくわからない。

地理空間情報活用推進基本法(平成19年法律第63号)の定義によると、「空間上の特定の地点又は区域の位置を示す情報」「その情報に関連付けられた情報」ということになるらしい。やはり、なんとなく意味不明である。

しかし、われわれは日常的にGEOINTに接したり、扱ったりしている。

例えば、どこかに旅行に行ってスマートフォンの内蔵カメラで写真を撮る。すると、スマートフォンが内蔵しているGPS(Global Positioning System)受信機のデータに基づき、写真にジオタグ、つまり撮影した場所の緯度・経度に関する情報が付加される。

写真だけならただの写真だが(なんのこっちゃ)、そこにジオタグが付くことで「撮影場所」という情報が加わる。すると、その写真は「地理空間に関係付けられた情報」に変貌する。具体的な地点に対して「そこにどんなものがあるか」がわかるデータになるからだ。

これが、Twitterで飯テロを仕掛けたり、Instagramできれいな風景の写真を投稿したりしている分には「個人の楽しみ」で済む。だが、某国の軍人が「表向きはいないことになっているはずの場所」で撮ったジオタグ付きの写真を画像投稿サイトにアップすると、話は違ってくる。

米軍では最近、海外派遣任務に就いている軍人に対し、GPS受信機付きのデバイスを対象とする利用制限を発令した。スマートフォンなどが内蔵するGPS受信機で得た位置情報を活用するアプリが、米軍人の所在を暴露して騒動になる事案が発生したためである。

センサー情報にも位置情報が付く

以前に、ゼネラル・アトミックス・エアロノーティカル・システムズ(GA-ASI)社の海洋監視用無人機「ガーディアン」をテーマにしばらく執筆していたが、そのガーディアンが搭載するレーダーや電子光学センサーのデータを見ると、画面の隅に緯度・経度の数字が現れている。

無人機(UAV : Unmanned Aerial Vehicle)は機位を把握するためにGPS受信機を内蔵しているから、緯度・経度・高度を高い精度で把握できる。電子光学センサーをどこかに向けて何かを撮影した場合、自機の位置とセンサーの向きがわかっていれば、撮影対象の位置も幾何学的に計算できる。

したがって、電子光学センサーが撮影した静止画や動画もまた、「撮影場所」という情報が加わった、「地理空間に関係付けられた情報」となる。

  • ガーディアンUAVのSeaVueレーダーが捕捉したデータのサンプル。映り込みがあって見づらいが、右上に緯度・経度のデータが出ているのが分かる。電子光学センサーの映像でも同様に、緯度・経度のデータが表示される

つまり、無人偵察機を飛ばして上空から何かを捕捉すれば、その目標の様子だけでなく、緯度・経度までわかる。すると、そこに向けて弾道ミサイルを撃ち込むとか、GPS誘導のミサイルや誘導爆弾を撃ち込むとかいうこともできる。

GEOINTを利用してミサイルを撃ち込む

初期のトマホーク巡航ミサイルは、中間誘導に慣性航法装置(INS : Inertial Navigation System)を使い、さらに核弾頭装備型なら地形等高線照合(TERCOM : Terrain Contour Matching)、通常弾頭装備型ならデジタル情景照合(DSMAC : Digital Scene Matching Area Correlator)を援用していた。

TERCOMとは、眼下の地形の標高を調べて、記憶しているデジタル・マップ(地図をメッシュに区切り、個々のエリアごとの標高を数値化したもの)と照合することで現在位置を知る仕掛けのこと。このデジタル・マップは当然ながら、地理空間情報の一種である。

DSMACとは、発射前に目標の映像を記憶させておいて、ミサイルが備えるカメラが撮影した前方の映像と照合することで、正しい目標を識別する仕掛けである。したがって、これを使うには事前に目標の映像を手に入れておく必要がある。これもまた地理空間情報の一種となる。

今のトマホークはGPS受信機を追加しているが、そこに目標を指示するには緯度・経度の情報が要るから、やはり地理空間情報が関わってくる。GPS誘導爆弾のJDAM(Joint Direct Attack Munition)も同じである。目標の緯度と経度を入力して投下するのだから、必然的にそういうことになる。

これらはGEOINTが関わる事例の一部に過ぎない。ともあれ、軍事組織にとって地理空間情報というのは必要不可欠なものなので、アメリカみたいに専門の情報機関(NGA : National Geospatial-Intelligence Agency)を置いている国もある。

アメリカ軍は世界のどこに行って任務に就くかわからないから、地理空間情報の収集対象も必然的に全世界ということになる。

そのNGAは「地理空間情報へのリアルタイムのアクセスなどを通じて意思決定の改善に寄与する」との目的を掲げるJanus計画を推進している。そして2018年9月に、担当メーカーとしてBAEシステムズ社など2社を選定したところだ。扱うデータ量が多くて、情報のハンドリングに苦労しているのかもしれない。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。