前回、「ミサイルの誘導ロジックを熟成するような場面ではシミュレーション試験が使える」と書いた。どういうアウトプットが出てくるかを確認すれば済む試験であれば、それでもいいが、モノを動かす場合にはどうするか。

フライ・バイ・ワイヤのソフトウェア

例えば、飛行機を飛ばす際に不可欠なツールとなってきている、フライ・バイ・ワイヤ(FBW)のソフトウェアがある。ミサイルの誘導ロジックや艦載指揮管制装置の脅威評価ロジックと同様に、FBWにも拠って立つべき原則というものがあって、これを制御則(authority)と呼んでいる。

つまり、「パイロットがこういう操縦操作を行った時に、どの動翼をどちらの向きにどれだけ動かすか」「機体がこういう動きをしている時に、どの動翼をどちらの向きにどれだけ動かすか」といったルールが最初に必要になる。それに基づいて、動翼を動かすためのコードを記述する。

もちろん、事前に検討した上で制御則を策定して、それに基づいてコードを記述するわけだが、「パイロットが行う操縦操作の内容」と「その時の機体の姿勢・速度・高度などといった状況」の組み合わせは多種多様。そのすべてについて検証しないと、安心して飛べるソフトウェアができない。

しかも飛行の根幹に関わるものだけに、未完成品のソフトウェアを実機にインストールして「飛んでみてください」というわけにはいかない。地上で試験と検証と熟成をみっちりやらなければならない。それをやっても、FBWのソフトウェアの不具合、あるいは熟成不足が原因で事故になり、機体を喪失した事例はいくつもある。

ただ、試験と検証と熟成といっても、ソフトウェアがデータや指令を吐き出して終わりというものではない。実際に動翼を動かすところまで検証する必要がある。そこでテストリグというものが登場する。

テストリグとは

テストリグとは何か。飛行制御コンピュータはいうまでもなく、それによってコントロールされるすべての動翼や、それに対応するアクチュエータ、それらを作動させるための油圧系統。そういう一切合切を地上に構築する。

ただし、それを使って飛ぶわけではないから、飛行機の形にする必要はない。極端な話、動翼はいるけれども、主翼そのものはなくてもいいぐらいかもしれない。飛行制御コンピュータが実機と同じ動翼を動かせれば目的は達せられる。

ちなみに、rig という単語には「船に索具を装備する」「艤装する」という意味があるそうだ。テストリグの場合、どちらかというと後者の意味になるだろうか。ただし、フライ・バイ・ワイヤではない飛行機の操縦系統というと索をつなぐことが多いから、前者の意味も通じる。ちなみに、航空機用のテストリグは「アイアン・バード」と呼ばれることもあるらしい。

このテストリグを使い、飛行制御コンピュータにテストケースに応じた数値をいろいろ入れて、それによって動翼が実際にどう動くかを検証するわけだ。

油圧系統は安全のために冗長化しているから、一部の系統が使えなくなったときにどうなるか、という試験も必要になる。そこで系統同士の関連性や干渉についても確認しなければならないから、油圧系統は実機のそれと同じように作る必要がある。

検索キーワードに「"test rig" "iron bird"」と指定して画像検索をかけてみると、航空機のテストリグを撮影した写真がいろいろ出てくる。興味があれば試してみていただきたい。

SIL

以前に取り上げた「戦闘システムのインテグレーション」でも、似たような仕掛けを作ることがある。

レーダーみたいなセンサー機器とコンピュータの連接・すり合わせなら、機器本体をラボに持ち込んでつないで、動作検証を行うことができる。もちろん、それに付随してネットワークやソフトウェアの検証・手直しも必要になる。

近年のウェポン・システム開発では、この手のSystem of Systemsを構築・テストするためにSIL(System Integration Lab)と呼ばれる施設を用意することが多いようだ。

ただ、サブシステム同士の「会話」について検証するだけならラボに機材を設置して動作させればいいが、それだけでは話が済まないこともある。その一例がレーダー。

ことに艦艇の場合、搭載するレーダーの種類も数も多い。対空捜索レーダー(これがひとつではなく複数ということもある)、対水上レーダー、航海用レーダーといった具合。さらに通信機器も加わり、これがまた見通し線圏内で使用するVHF/UHF無線機だけでなく衛星通信も加わる。

その多種多様な空中線を、互いに干渉しないようにマストや上部構造に設置しなければならない。そこで、実艦のマストや上部構造と同じものを陸上にこしらえて、そこに機器の現物を設置して動作試験を行うことがある。電波同士の干渉は、実艦と同じ位置関係にアンテナを設置して実際に電波を出してみるのが、もっとも確実な検証手段というわけだ。

筆者が写真を見たことがある例でいうと、フランス海軍の原子力空母「シャルル・ドゴール」を建造する際に、実艦のアイランド(飛行甲板上に設置する上部構造で、艦橋やマストなどが全部ここにまとまる)と同じ形をした構造物を陸上にしつらえていた。

ちなみに、これと同じことを飛行機のセンサー機器でやったのが、F-35の開発で使われた「CATBird」である。ボーイング737を改造して、F-35の実機と同じ位置関係になるようにアンテナ一式を搭載。機内には電子機器の本体を積み込んでテストした。

  • F-35のアビオニクス開発に欠かせない大事な試験機・CATBird 写真:USAF

こちらもやはり、実機と同じ位置関係でアンテナを搭載しないとテストにならない。そして「飛ぶ」機能については搭載システムと完全に切り離して、信頼できる独立した仕掛けを用意する必要があるから、中古の旅客機を持ってきたわけだ。

面白いのはイージス・アショア。即座にというわけにはいかないが、電子機器などの機材はパレット化されていて、比較的容易に搬出・搬入ができる。搬出してから建屋をバラして、別の場所で建屋を作り直して機材を搬入するという手順で、数カ月もあれば、お引っ越しができるそうだ。だから試験用のイージス・アショアが引っ越して本番用に化けた。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。