「今日、商業宇宙飛行の新たな時代の幕が開いた」――。

そのロケットの打ち上げが成功したとき、開発者のペーター・ベック氏はこう宣言した。

米国の宇宙企業「ロケット・ラボ」は2018年1月21日、新型ロケット「エレクトロン(Electron)」を、ニュージーランドのマヒア半島にある発射場から打ち上げた。ロケットは順調に飛行し、搭載していた民間企業の超小型地球観測衛星3機を軌道に投入した。

エレクトロンは同社が自力で開発したロケットで、数々の最新技術を投入し、高い性能と低いコストの両立を狙っている。また、従来よりはるかに小さな「超小型ロケット」(英語ではマイクロ・ローンチャー)と呼ばれるロケットでもあり、活気あふれる小型衛星業界から待ち望まれていた存在でもある。

超小型ロケットは現在、世界中のベンチャーなどで開発が進んでいるが、その中で同社は一歩抜きん出たことになる。

はたして、エレクトロンとはどんなロケットなのか。なぜ、こうした超小型ロケットが求められているのか。そしてどのような可能性があるのだろうか。

  • ロケット・ラボが開発した超小型ロケット「エレクトロン」の打ち上げ

    ロケット・ラボが開発した超小型ロケット「エレクトロン」の打ち上げ (C) Rocket Lab

ニュージーランド発のロケット会社「ロケット・ラボ」

エレクトロン(Electron)を開発したのは、米国に本拠地を置くロケット・ラボ(Rocket Lab)という新進気鋭の宇宙企業である。

ニュージーランド出身のエンジニアであるペーター・ベック氏らによって2006年に設立され、現在の従業員数は200人ほど。いくつものベンチャー・キャピタルから投資を受け、現在では評価額10億ドルを超える、いわゆるユニコーン企業として知られる。

本拠地はロサンゼルスにあるため、いちおうは米国企業だが、もともとはニュージーランドで設立され、ロケットの製造拠点や発射場もニュージーランドにある。米国に本拠地を置いているのは、主に法整備がしっかりしていて活動しやすいためとされる。他の宇宙ベンチャーでも米国に本社や支社を置いているところは多い。

同社が開発したエレクトロンは、超小型ロケット(英語ではマイクロ・ローンチャーなどと呼ばれる)に分類されるロケットで、全長は17m、直径も1.2mしかない。基本は2段式だが、追加で3段目のキック・ステージを搭載し、目指す軌道に、より正確に投入することもできる。

打ち上げ能力は高度500kmの太陽同期軌道(地球観測衛星などがよく打ち上げられる軌道)に約150kg、最大で225kgほど。ちなみに小型ロケットに分類される日本のイプシロンは同じ軌道に590kgの打ち上げ能力があるので、エレクトロンはその半分以下。比べればその小ささがよくわかる。

しかし、エレクトロンはただ小さいだけでなく、こうした超小型ロケットをどうすれば安いコストで手軽に造れるか、高い性能を出せるか、そして大量生産できるか、ということが考え抜かれている。

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    エレクトロンと人との対比。その小ささがよくわかる (C) Rocket Lab

最新技術で身を固めた超小型ロケット「エレクトロン」

その最たるものは、エレクトロンに装備されている「ラザフォード」と名付けられたロケットエンジンである。

多くのロケットエンジンは、推進剤をタンクからエンジンへ送り込むために強力なポンプを使う。その中で主流なのは、推進剤のすべて、あるいは一部を燃やしたり、熱で気化させたりし、発生したガスでタービンを回し、ポンプを動かすという仕組みである。

しかしラザフォードは、電動モーターでポンプを動かすという仕組みを採用している。

従来のエンジンは、ロケットがもともともっている推進剤を利用するため、それと比べるとラザフォードは電池が必要なぶん、重くなる。しかしそれを補ってあまりある利点がある。

たとえば、従来のようにガス化した推進剤を使ってポンプを動かす場合、そのためのバルブや配管が必要で、なおかつ高温・高圧に耐えられるように造らねばならない。またエンジンの制御も難しい。しかし電動ポンプであれば、構造が簡素になるため造りやすく、コスト低減と効率の向上が期待できる。さらに制御もモーターの回転数を変えるだけなので簡単という特長もある。

また、製造には3Dプリンターが多用され、複雑な部品の形成や量産化に大きく貢献している。同社によると、わずか24時間で1基のエンジンが製造できるという。

さらに、液体推進剤を使うロケットは一般的に、小型であればあるほど効率が悪くなるという欠点があるが、エレクトロンは推進剤タンク(機体)に炭素繊維複合材料を全面的に用いており、軽くて丈夫な機体をもつ、効率のいいロケットを実現している。

  • エレクトロンに使われる「ラザフォード」エンジン。電動ポンプで動く世界初のロケットエンジンである

    エレクトロンに使われる「ラザフォード」エンジン。電動ポンプで動く世界初のロケットエンジンである (C) Rocket Lab

年間100機の打ち上げも可能

エレクトロンは2017年5月に1号機--愛称「It's a Test」(これはテスト)が打ち上げられるも、地上設備のトラブルにより飛行の安全が確保できなくなったことから、飛行を中断。軌道には到達できなかった。一方でロケット側は、飛行を中断するまで完璧に飛行しており、ロケット・ラボは地上設備のトラブルさえなければ成功していたとさえ語っていた。

そのため今回の2号機--愛称「Still Testing」(まだテスト中)には大きな期待が集まり、また実際に衛星が搭載されたことからも、その自信が窺えた。そしてその期待と自信どおり、新進気鋭のエレクトロンはわずか2機目の打ち上げにして、完璧な成功を収めたのである。

まったくの新開発、それもベンチャー企業が自力で開発したロケットが、2機目の打ち上げで成功するのは前代未聞のこと。参考までに、あのスペースXでさえ、最初のロケット打ち上げは3回連続で失敗している。

エレクトロンの打ち上げコスト、販売価格は明らかにされていないが、価格についてはおおよそ500万ドルから600万ドル(約5.5億円~6.6億円)ほどとされる。

すでにNASAをはじめ、地球観測や月探査をビジネス化している民間企業から商業打ち上げ契約も取り付けており、今回の2号機で打ち上げられた3機の衛星も、商業打ち上げ契約に基づいて搭載されたものだった。今回の成功を受けて、さらに受注は増えることになろう。

またエレクトロンは、3Dプリンターを用いた量産ができることに加え、ニュージーランドだけでなく米国からも打ち上げができることから、トータルで年間50~100機という、きわめて高頻度での打ち上げが可能となっている。ちなみに2017年の、全世界のロケットの打ち上げ数は約90機だったので、純粋に数だけでいえば、エレクトロンはたった1機種でこれを超えることになる。

これにより、衛星側の要求に応じて、いつでも好きなときに打ち上げることができるばかりか、量産による規模の経済によって、エレクトロンの価格がさらに下がることも期待できる。

  • エレクトロンから送られてきた映像。宇宙空間と青い地球が見える

    エレクトロンから送られてきた映像。宇宙空間と青い地球が見える (C) Rocket Lab

しかし、ここで疑問が生まれる。なぜ、そんなに高頻度の打ち上げが想定されているのか。そもそもロケット・ラボはなぜ、小さな打ち上げ能力しかない超小型ロケットを、最新技術を投入してまで開発したのか。そしてなぜ、開発者のベック氏は「商業宇宙飛行の新たな時代の幕が開いた」とまで語ったのか。

そこには、飛躍的な発展を続ける宇宙ビジネスが、その影である問題を抱えていること、そして裏を返せば、そこに大きなビジネスチャンスが潜んでいることがある。

(第2回に続く)

参考

Rocket Lab successfully reaches orbit and deploys payloads | Rocket Lab
Rocket Lab successfully circularizes orbit with new Electron kick stage | Rocket Lab
Rocket Lab | Electron - satellite launch vehicle | Rocket Lab
Rocket Lab | About Us | Rocket Lab
Rocket Lab | FAQs | Rocket Lab

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info