シロカが5月に発売した「人認識センサー付き DC扇風機 めくばりファン」(以下、めくばりファン)。ポール部分に搭載した「ひとセンサー」で人を認識して、無駄なく効率的に風を届ける扇風機だ。

  • シロカの「人認識センサー付き DC扇風機 めくばりファン」。「ひとセンサー」と呼ぶカメラを搭載することで、人やハンドサインを認識し、最適な運転を行う

今回は、2人の担当者に開発の経緯をはじめ、開発中の苦労話やデザイン上のこだわりなどを伺った。

「ひとセンサー」は機能実現のために開発

これまでにも、音声操作や上下・左右の首振りを組み合わせて立体的な送風を行う「3D首振り」機能などを搭載した、独自性のある扇風機を多数手掛けてきたシロカ。めくばりファンでは、「ひとセンサー」と呼ぶカメラによって画像認識を行いながら、運転制御を行える機能が特徴だ。

「ひとセンサー」により、めくばりファンでは複数の機能を利用できる。まずは「ひとりじめ」と名付けた機能で、センサーで人を認識し、人の移動に合わせて左右の送風方向を自動で変えて風を届けることができる。

次に「やまわけ」機能。センサーが認識した両端にいる人と人の間に向けて自動で首振り運転を行い、人のいる範囲だけに効率的に送風できる。

  • ポール部分に搭載された「ひとセンサー」。位置や角度1つで認識できる範囲や精度が変わるため、幾度とない検証が重ねられた

実は、「めくばりファン」の企画・開発に至ったのは、これら2つの機能を実現するためだったという。

シロカ 開発部 開発グループのチームリーダーを務める劉春輝氏は「無駄なところに風を送らないようにしたいというのがきっかけです。『ひとりじめ』機能の開発からスタートしていて、最初は『ソロモード』とか『エコモード』と呼んでいました」と説明した。

劉氏によると、この機能を実現するために、当初はカメラではなく、レーダーによる人の検知を想定していたという。

「2年以上前からアイディアの構想はあり、2022年の6月ごろからレーダーの検証を始めたのですが、精度の問題から思ったようには上手くいかず、別の方法としてたどり着いたのがカメラによる画像認識でした。

早速サンプルを作成してテストを行ったところ、人の認識と追随性が優れていたことから正式に採用が決まりました。その後に仕様を確定し、プロジェクトが正式にスタートしたのは2022年の8月頃からです」(劉氏)

仕様上のひとセンサーの認識距離は、本体から約3メートル以内。ただし、最短の認識距離は、顔や手の位置などの高さによっても変わり、大きさによっては認識が難しい場合もあるという。

人の識別は肩から上の顔の部分の形状で行うため、テレビやポスターに映る画像を人として認識してしまうことがある、また背景や周囲の色と近似している場合は見つけにくいといった課題もある。

「苦労したのは、センサーの認識距離ですね。2メートルまでは検知ができていましたが、3メートルまでがなかなか実現できませんでした。

人の認識に関して基本は画像処理で行っていますが、どれだけ精度を上げられるかが課題です。解像度の問題もありますが、輪郭の検出は明るさをはじめさまざまな条件がある中で、最初はなかなか検出精度が上がらず、認識距離も延ばせませんでした。いろいろと試す過程で精度も認識距離も上げていくことができましたが、特に苦労したところですね」(劉氏)

「ひとセンサー」はポール(支柱)の部分に設置されている。その取り付け位置もかなり検討を要した部分だという。

「理想は(羽根の)ガードの位置でしたが、お手入れや配線、電源の問題もあり、実現が困難で、ポールの部分に落ち着きました。お手入れしやすい位置ですし、傾けやすく、認識精度も高めることができます」(劉氏)

とはいえ、ポールの位置であってももちろん一筋縄にはいかない。かつ、めくばりファンは延長用のポールを外すことでロースタイルにもなる設計だ。当然だが、高さが変わればカメラが捉える画角も変わる。調整に一番苦労した部分だという。

「この位置と角度から人を撮るとなると、近づけば画角の中に入らなくなってしまいます。かと言って、画角を大きく取ろうとすると認識距離が短くなってしまうという物理的に相反する要素もあり、画像認識のバランスを取るのに苦労しました。

人の移動スピードにセンサーが追随できるかも難しかったところです。人がカメラの認識範囲外に出てしまったときにどのような制御を行うのかなど、さまざまな条件や使用環境を想定してプログラムのパターンを作成しました」(劉氏)

ハンドサイン操作を「ぐー・ちょき・ぱー」にしなかった理由

センサーを利用したもう1つのユニークな機能が「ハンドサイン」機能。「まる」、「ちょき」、「ぱー」の3つのハンドサインで、風量アップや、首振り、電源のオン・オフ操作が行える。目をひく機能だが、劉氏によれば、これは後から追加されたもの。追加された理由と経緯を次のように話した。

  • 「ひとセンサー」を応用してハンドサインを認識し、操作を行うという新しい発想の方法を採用。リモコンを使用せず、かつ無発声でも遠隔操作できる新たな手段となった

「これ以前に、音声で操作できる『ポチタマ扇』という扇風機を開発しました。利便性が好評な反面、赤ちゃんの寝かしつけ中に音声操作が必要になり起こしてしまった、というユーザーフィードバックがありました。加えて、テレワーク時のリモート会議中など、声が出しづらい場面でも遠隔操作ができるといいという要望もあって、リモコンの代わりの方法として検討したところ、音声以外なら手がよいのではないかと。

センサーでハンドサインを見分けることは可能なのか検証した後、プログラム上の改善で精度を高めることができました。その後、ハンドサインに対応する機能を選定して、仕様を決めていくといった流れでした。ジャンケンの『ぐー・ちょき・ぱー』にしなかったのは、『ぐー』の形は日常的に多い動作なので、意図せず認識して誤操作してしまう可能性が高いからです」(劉氏)

シロカの扇風機は、白を基調としたマット調のシンプルで落ち着いた、空間になじみやすいデザインが共通したデザインの要素だ。めくばりファンではそれを引き継ぎつつも、これまでのラインナップにはない、新しい要素も密かに採り入れた。プロダクトマネジメント部 ブランドデザイングループ チームリーダーの李 浩天氏は次のように明かした。

「扇風機は弊社にとって重要な製品です。そこでもともとの造形はそのままで、部分的に新しさを感じさせるデザインを取り入れています。とはいえ、カメラが入ってるのに(既存製品と)同じ形にするのは簡単ではありませんでした。」(李氏)

  • 音声操作モデルの『ポチタマ扇』。マット調のシンプルで落ち着いたデザインは、シロカの扇風機の意匠として今回も引き継がれている

さらに、台座の部分を光沢のある素材にあえて変更している。

「今回、メインカラーのホワイトとダークグレーの2色を用意していますが、当初はダークグレーの方をメインにしようと考えていました。カメラを搭載しているなどデジタル製品寄りな要素もあるため、ピアノブラックのような質感を出したかったのです。ハイテク感や高級感を出すため、部分的に光沢のある素材を選択しました」(李氏)

  • ダークグレーモデル。カメラを搭載するなどデジタル寄りなイメージをデザインに反映させるべく、当初はメインカラーとして考えていたそう

  • 台座など部分的に光沢のある素材を採り入れることで、ハイテク感や高級感を表現した

後方にハンドルを設けたのもこだわりの1つ。一般的な扇風機では、本体の背面に溝を設けて持ち運びやすくしているものが多い。めくばりファンにハンドルを設けた理由について、李氏は「ハンドルがあったほうが持ちやすいというのが第一の理由ですが、ハンドル部分はデザイン上のアクセントにもなっています。台座部分と同様、この部分にも異素材を配置することでデザイン上のメリハリを効かせています」と説明した。

  • 背面のハンドルは今回こだわったパーツ。使い勝手の向上とともに、デザイン上もアクセントとなっている“機能美”とも言える部分

シロカの扇風機は独自の「ふわビューン技術」を採用しているのも特長。羽根とガード、モーターを組み合わせることで、心地よく眠れる約12dBという静かで優しい風から、部屋の換気や衣類乾燥にも使える強風まで1台でまかなえる特許技術だ。

「今回、風に関しては今までの製品をほぼ踏襲した形ですが、羽やガードの部分も改善したいと思っています。弊社の代表が風に対して強いこだわりを持っていて、風の質の改善もまだまだ取り組んでいきたい部分です」(劉氏)

締めくくりに、劉氏は「作ったら終わりではなく、ユーザーからのフィードバックを改善に活かしていくというのが弊社の方針でもあります。今後も機能追加も考えていて、例えばハンドサインをアプリでカスタマイズ設定できたりしたら面白いかもしれないですね」と語ってくれた。ユニークな機能と洗練されたデザインが持ち味のシロカの扇風機、その進化が楽しみだ。

  • シロカ 開発部 開発グループのチームリーダーを務める劉 春輝氏(右)と、プロダクトマネジメント部 ブランドデザイングループ チームリーダーの李 浩天氏