これまで、飛行機そのもののメカニズムに関する話はいろいろと書いてきたが、よくよく考えてみると、飛行機の開発や試験に関わる施設・設備の話はあまり出てきていなかった。しかし、これがないと新しい飛行機を世に出すことはできない。そこで、「飛行機の開発に関わる施設」のトップバッターとして、風洞を取り上げる。
風洞とは、何か
風洞。英語ではwind tunnelという。直訳だ。その名の通り、トンネル状の構造物の中に風を流して、空気の流れを人工的に発生させる設備である。なお、風道という言葉もあるが、これは単に空気が流れる通り道、つまりダクトのことを指している。空調や空冷式の機器に絡んで、よく出てくる言葉である。読みが同じなので誤変換に注意したい。
閑話休題。固定翼機がエンジンの推進力によって前進すると、周囲に空気の流れが発生する。それが、翼が揚力を生み出す力の源になっている。また、機体の姿勢を変えたり、機体を上昇・降下・旋回させたりする際にも、操縦翼面を動かして、空気の流れを利用している。それに、空気を押しのけて飛んでいるわけだから、空気は抵抗の源でもある。
だから、機体を取り巻く空気の流れについて知ることは、飛行機の設計において不可欠のプロセスとなる。しかし、機体の側を動かして飛行状態を再現しようとすると、べらぼうに広いスペースが必要になってしまう。たとえば、900km/hで巡航していれば秒速は250m。10秒間で2,500m。そこを実物大の飛行機の模型が900km/hで移動する……そんな仕掛けを地上に作るのは不可能だ。
すると、機体は固定しておいて、飛行速度に相当する速度の風を流してやっても同じではないか、という考えに行き着く。そこで考え出されたのが風洞である。飛行機に限らず、自動車でも鉄道車両でも、風洞による試験が行われている。変わったところでは、潜水艦の船形を決めるために風洞を使用した事例もある。水だろうが空気だろうが、流れであることに違いはない。
では、航空機の業界における風洞の歴史がどれぐらいあるかというと、なんと、世界で初めて有人の飛行機を飛ばしたライト兄弟に行き着くそうだ。ライトフライヤーの設計に際して、まず風洞の簡易版みたいな仕掛けを用意して、翼型に関する研究を行い、それに基づいてグライダーを試作したのだという。
風洞の構造
では、風洞はどんな構造になっているのだろうか。
まず、試験対象となる模型を設置する、測定部が必要になる。飛行機の場合、空中を飛んでいる状態を再現しなければならないから、模型は床面に置いておくわけには行かない。といって、糸で吊ったのでは風で模型が動いてしまって試験にならない。そこで、模型は支柱で支える。
ただし、支柱の位置が問題になる。模型よりも前方(風上側)に支柱などの構造物があると、それが流れを乱す原因になり、再現性に問題が生じる。再現性が低くては精確な測定ができないから、模型を支える支柱は下方または後方に設置するのが普通だ。
また、単に模型を置くだけでなく、その模型にかかる力や、空気の圧力、温度を精確に測定する仕掛けが必要になる。もちろん、さまざまな飛行姿勢を再現するために、模型の向きを変えることができて、かつ、セットした姿勢を確実に保持する仕掛けも必要になる。
そこに風を送る手段は、電動式のファンが主流だ。ただし、試験で再現する速度域が高くなると電動ファンでは再現できなくなるので、圧縮空気を一挙に放出したり、逆に、真空部に空気を吸い込んだりといった方法を用いる。
風が流れる流路の構造には2種類あり、「開放型」と「回流型」がある。開放型(エッフェル型ともいう)では、風洞を構成する構造物の前後が開放されていて、一方から吸い込んだ空気を測定部に送り込み、測定部から出た空気はそのまま外に放出する。それに対して回流型(ゲッチンゲン型ともいう)では、「ロ」の字型の構造物を構築して、その中を気流がぐるぐる巡回している。
開放型では、速度がゼロのところから所要の速度まで加速しなければならない。しかもそれを、風道を運転している間、ずっと続ける必要がある。ところが、回流型ならすでに流れている気流を加速させるので、いったん流れ始めてしまえば、回流型のほうが負担が少ない。ただし、それは電動式ファンを使用する場合の話で、圧縮空気や真空吸引を利用する風洞は、必然的に開放型になってしまう。
風洞の種類
ここでいう種類とは、速度域による分類と言い換えることができる。1つの風洞であらゆる速度域をカバーできるわけではなくて、速度域に合わせた風洞設備が必要になる。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、調布航空宇宙センターに複数の風洞設備を設置・運用している。その陣容は以下の通りだ。
- 6.5m×5.5m低速風洞 : 1~60m/s(3.6~216km/h)までの速度に対応する。回流型・連続循環式。
- 2m×2m遷音速風洞 : マッハ0.1~1.4の速度に対応する。回流型- 連続循環式。なお、遷音速とは音速前後の速度域を指す。
- 1m×1m超音速風洞 : マッハ1.4~4.0の速度に対応する。間欠吹出式。
- 0.5m極超音速風洞 : マッハ5、マッハ7、マッハ9の速度に対応する。間欠吹出式。
- 1.27m極超音速風洞 : マッハ10の速度に対応する。間欠吹出式。
当たり前の話だが、超音速機を開発するのに低速風洞や遷音速風洞だけでは試験にならない。宇宙往還機みたいな対象になると、さらに速度域が上がるので、それに対応した風洞がないと試験にならない。
風洞を見られる場所と機会
日本国内でも、風洞を保有している組織は少なくない。航空機関連のメーカーや研究機関はいうに及ばず、自動車メーカーやレーシングカーのコンストラクターは風洞を保有しているケースが多い。
とはいえ、一般に見える場所に設置している事例は少ないし、実物を目の当たりにできる機会はさらに少ない。今はCOVID-19の関係で実現が難しいが、JAXAの調布航空宇宙センターが一般公開されれば、たいてい、風洞も公開対象になっている。
また、東海道新幹線に乗っていると、米原駅から少し新大阪方に行ったところの南側(A席側)で、鉄道総研の風洞試験施設が見える。この風洞試験施設の特徴は、空力騒音の測定を主な課題としている関係で、低騒音化が図られているところ。JR東海の小牧研究施設にも、米原のものより小ぶりな風洞があるが、こちらも騒音測定が用途の一つだ。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。