前回は、飛行機のように空力が絡む製品を設計・開発する上で不可欠な、風洞(wind tunnel)の概要について説明した。今回はその続きである。一見したところではシンプルな設備に見えるが、実のところ、風洞は構築にも運用にもノウハウが求められる難しい設備だ。

風洞を構築する際の難しさ

前回、風を発生させる方法のひとつに電動式のファンがある、と書いた。ところが、回転するファンによって生み出された空気の流れは、一様な流れにはならない(たぶん、回転方向の成分が入ってしまう)。

それをそのまま模型に当てたのでは試験にならないので、整流部を設けて一様な流れになるように整えてやる必要がある。これは測定部の直前に限った話ではなくて、回流型の風洞だと、四隅にできる曲がり角の部分にも整流用のベーンを設けている。

その測定部の規模と模型のサイズの関係も問題になる。周囲の壁に近いところでは流れが遅くなってしまうので、全体が一様な流れにはならない。すると、模型のサイズが測定部の断面ギリギリでは具合が悪く、周囲にある程度の余裕を持たせる必要がある。

あと、電動式のファンを使用する回流型ならともかく、圧縮空気を噴出させるタイプの風洞では、使える圧縮空気の量には限りがある。だから、あっという間に終わってしまう試験の間に、必要なデータをとらなければならない。データがとれなかったといって何回も試験を繰り返していると、風洞の運転費用がどんどん増えてしまう。

風洞試験用の模型

風洞試験で使用する模型は、実物大にすると大きすぎるので、普通は縮小したスケールモデルを使用する。縮小サイズでも、風の速度などの条件を適切に調整することで、実機と同じ状態を再現できる。

ところが、縮小模型にわずかな形状の誤差や凸凹があっても、それによる影響は実物大に引き延ばされてしまう(これは比喩である。念のため)。だから、模型の製作に際しては高い精度が求められる。

昔は、風洞試験用の模型というとマホガニーなどの木材で製作することが多かった。また、金属で模型を製作することもある。最近では、3Dプリンタを用いて模型を製作することもあるようだ。風洞を見る機会が限られるという話は前回に書いたが、風洞試験用の模型となるとなおさらだ。

あいにく、えらく遠い場所の話になるが。アメリカのメリーランド州レキシントンパークに、「パタクセントリバー海軍航空博物館」という施設がある。この施設はパタクセントリバー海軍航空基地のゲート前にあるのだが、そのパタクセントリバー基地は、米海軍における試験・評価の総本山。

その関係からか、この博物館は試験・評価に関わる展示が充実している。その一つとして、風洞試験で使われた木製模型を展示してあるのだ。筆者が訪れたのは2018年5月のことだが、その時に写真を撮ってきた風洞試験用の模型を御覧いただこう。

  • XF2Yシーダート水上戦闘機の風洞試験用模型。見た目でお分かりの通り、木製である 撮影:井上孝司

    XF2Yシーダート水上戦闘機の風洞試験用模型。見た目でお分かりの通り、木製である

この模型は木製だが、一緒に置かれていたA-5ビジランティ艦上攻撃機の模型は金属製だった。なお、この博物館ではビジランティの実機も屋外展示されている(!)。

ともあれ、模型を使用した風洞試験の模様を撮影した写真が、たまに出回ることがあるが、中には機体が裏返しになっていることがある。前回に掲載した、F/A-18E/Fスーパーホーネットの風洞試験を撮影した写真がその一例。このほか、F-35の機内兵器倉から兵装を投下する場面を想定した風洞試験でも、裏返しになったF-35から兵装の模型が離れていく様子を撮影したものを見たことがある。

実際に兵装を投下する際、普通は背面飛行(裏返し)はしない。しかし風洞試験の話に限定すれば、機体が地面に対してどっちを向いていても関係ない。大事なのは機体と気流の関係であって、機体と地べたの関係ではないからだ。模型が裏返しになっていても、機体と気流の関係さえ正しければ風洞試験はできる。

  • NASAの飛行機の設計フェーズで利用する風洞試験のための装置 引用:NASA

    NASAの飛行機の設計フェーズで利用する風洞試験のための装置 写真:NASA

流れの可視化

空気は基本的に透明だから、目で見ることができない。風洞試験の際に模型に加わる圧力は測定できるが、「流れが乱れているんじゃないか?」といっても、それを目視するには工夫が要る。

それがいわゆる流れの可視化というやつで、さまざまな手法がある。例えば、模型の表面に糸をたくさん張り付けると、その糸が気流によって動くので、糸の動きを見ることで間接的に気流の状態を把握できる。糸を張り付ける方法の他に、オイルを塗る方法もあるという。

また、模型に当てる風に煙を混ぜてやる方法もある。パッと見の分かりやすさでは、これが一番かもしれない。

再現性を高めるための工夫

空中を飛んでいる飛行機の場合には関係ないが、地面の上を走るレーシングカーの風洞試験では、試験の対象になる模型と地面の関係も問題になる。風洞試験では模型は動かないから、模型と地面の位置関係も固定されている。しかし実車は地面の上を走っているから、それに起因する空力的影響がある。

そこで登場するのがムービングベルト。模型の下の部分をベルトコンベアみたいな構造にして、想定する速度に合わせて動かしてやる。こうすると、試験対象と地面の関係を再現できる。レーシングカーでは40年ぐらい前から用いられている手法だが、飛行機でも離着陸に関わる試験では、この手の仕掛けが必要になることがあるらしい。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。