高いところを飛ぶ飛行機の機内で、地上と同じように過ごすためには、与圧が不可欠。その与圧については、連載の初めの頃に取り上げた。また、それと関連する話題として、COVID-19の騒動が持ち上がってから関心を集めるようになった機内の換気についても、記事にしたことがあった。

ガルフストリームG700の仕様変更

さて。ゼネラル・ダイナミクス傘下のビジネスジェット機大手であるガルフストリームは現在、新型のフラッグシップ機・ガルフストリームG700の開発を進めている。2022年の就航開始を予定しているとのことだ。

  • ガルフストリームの新しいフラッグシップ「G700」。2020年2月14日に初飛行を実施して、現在は飛行試験を進めている段階 写真:Gulfstream

    ガルフストリームの新しいフラッグシップ「G700」。2020年2月14日に初飛行を実施して、現在は飛行試験を進めている段階 写真:Gulfstream

ところがそのG700について、2021年6月24日に発表があり、機内の与圧に関する仕様を変えることになった。これまでは、高度41,000ft(約12,497m)を飛行している時に、機内の気圧を高度3,290ft(約1,003m)相当にする、としていた。しかし新仕様では、これを高度2,916ft(約889m)相当に引き下げるという。

与圧の際に、対応する高度を引き下げるということは、それだけ機内の圧力を高めるということである。こうすることで、普段、地上で過ごしている状態に近くなり、結果として快適性の向上につながると期待できる。

もっとも実際のところ、高度2,000m程度の気圧でも、経験的には、特に不快感を感じるわけではない(気圧が下がると、お酒を飲んだときの酔いの回りが速くなるというが、筆者はさほどの酒飲みではない)。

ただ、ビジネスジェット機の業界では特に、機内の快適性をうたう事例が多く、今回のG700の件もその一例となる。それだけ、機内の快適性にこだわる顧客が多いということなのだろう。

では、この「対応高度の引き下げ」が、どれぐらいの圧力差になるのだろうか。そこで、カシオが提供しているWebサイト「ke!san」で計算してみた。ごくごく一般的な条件ということで、気温は20度、海面気圧は1気圧(1,013.25hPa)とした。

  • 高度3,290ft(約1,003m)の場合 : 902.61hPa
  • 度2,916ft(約889m) : 914.43hPa

この結果からすると、約1.3%の圧力上昇ということになる。

気圧引き上げで、どこに影響が?

では、この機内の気圧引き上げでどんな影響が生じるか。

まず、外部の空気を加圧して機内に送り込む部分の負荷が増える可能性がある。次に、機体構造にかかる負荷が増える。機内の圧力が上がる分だけ、機体内外の圧力差が増えるから、当然のことである。このほか、与圧系統の配管も内部の圧力が上がるわけだから、その部分にも影響が出るかもしれない。

ただ、影響が生じるからといって、その分だけ機体を重くする事態は避けたいところだろう。すると、機体の重量やコストに影響しない範囲で、どこまで圧力を上げられるか、という話になったのではないだろうか。そもそも、すでに現物ができて飛行試験をやっている機体だから、このタイミングでの大きな設計変更は避けたい。

一方では、与圧に対応する高度の数字が低いほうが、前述したように、顧客に対するアピールポイントになり得る。競合機よりも低い高度に対応する与圧を設定できれば、それなりのインパクトはありそうだ。

つまり、機内の圧力引き上げに伴って得られるメリット(ひいては、顧客へのアピール)と、デメリット(負荷増大や設計変更の可能性)のトレードオフという問題になる。そこで最適なバランス点を求めた結果、高度にして114m、圧力差にして11.82hPaの引き上げという答えを出したのではないか。それを、実機ができて飛行試験を始めた後になって決めたのだから、なにかしら、そうさせるだけの理由があったのだろう。

もちろん、キャビンの快適性は気圧だけで決まるものではない。内装品の良し悪し、照明、騒音といったファクターもある。ガルフストリームでは “whisper-quiet noise levels” といっているが、本当にささやき声みたいなエンジン音なのかどうかを実機で体験する機会は、ありそうにないのが残念なところ。

このほか、ガルフストリームは窓の大きさもセールスポイントにしている。確かに、他の競合機と比べると窓が大きい。窓が大きくなれば、機体構造にかかる負荷が増えるから、これもまたトレードオフの問題である。

  • ガルフストリームG700の機内。窓の大きさが目をひく 写真:Gulfstream

    ガルフストリームG700の機内。窓の大きさが目をひく 写真:Gulfstream

ちなみに、ガルフストリームのプレスリリースを見ると、キャビンの快適性などに関わる試験ポイントが1万5,500カ所あまりあるという。キャビンだけでこれだけあるとなると、新しい飛行機を生み出すというのはなんとも大変なことだ、と実感する。

換気の再循環はなし

以前に、旅客機の機内換気について書いた時に「一部の空気はHEPA(High Efficiency Particulate Air)フィルターを通した上で再循環させている」という話を書いた。もちろん、ギャレーやラバトリーは再循環の対象外である。

それに対してガルフストリームは、G700で “100% fresh, never recycled air” といっている。つまり、再循環はなしということだ。HEPAフィルターを通しても汚染されていてダメ、なんていうことはないが(なにしろ、HEPAフィルターは病院の感染症病棟でも使われているぐらいである)、これは「気分」の問題ということになるだろうか。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。