PCゲームプラットフォーム「Steam」――。
電脳世界の奥深く。そこは“無限”が眠る場所。
今宵もゲームに魅せられた冒険者を、出口のない迷宮へと誘い込む。
この連載では、そんな「Steam」という名の魔境にある、無料インディーズゲームをご紹介。隠れた名作や、いままで知らなかった傑作タイトルなど、思わぬ秘宝が見つかるかもしれません。少しでも興味が湧いたら、まだ見ぬ秘宝を目当てに、トレジャーハンティングしてみては?
いざ『Cell to Singularity』で創生の旅路へ
さて、今回紹介するのは『Cell to Singularity』です。ひとことで言えば、クリックによって数字を増やしていくゲーム。いわゆる「クリッカー」と呼ばれるジャンルに属します。
一般的に、多くのクリッカーには、エンディングやゴールがありません。ある段階まで達したら数字をリセットして、数字増加の速度が上がった状態で「仕切り直し」というのが基本的な流れでしょう。
『Cell to Singularity』は、“生物の進化と文明の進歩”をメインテーマとしており、「細胞から特異点へ」の名前が示す通り、惑星の開闢(かいびゃく)から生命の発生、技術的特異点(Technlogical Singularity)への到達までが最初の目標。これだけ聞くと、かなり壮大です。
ゲームを開始すると、画面には地球が現れます。青く、そして生命で満ち溢れているいまの地球とはまったくの別物。溶岩に覆われているように見え、生命の気配もありません。
まずは、生命の素になる「アミノ酸」からスタートし、「DNA」や「原核細胞」「クラゲ」「魚」「哺乳類」そして「人間」へと進化していきます。
ちなみに、『Cell to Singularity』で増やす数字は「エントロピー」。ゲームにおいては「進化に向かう生命活動の不可逆性を表現した数字」くらいの意味合いでしょう。増やしたエントロピーを消費すると進化が発生し「生命ツリー」が進みます。
今回、筆者がプレイしてみたところ、最初の魚が作れるようになったのはプレイ開始から12時間ほど。最初の特異点までは24時間ほどでした。放置せずに遊んでいたので、ゆるりとプレイしていたらもう少しかかるでしょう。
気の利いたフレーバーテキストが好奇心を刺激!
『Cell to Singularity』の魅力は、豊富な豆知識が詰まった「フレーバーテキスト」。ゲーム内では、生物が進化の過程で獲得した形質の歴史や、文明の進歩に寄与したさまざまな発明についての説明があるのですが、これが非常に興味深い。
例えば、進化パネルの「魚」を100個交換して獲得する実績「昔の魚」では、2017年に推定90歳半ばで安楽死した肺魚の「Granddad」に言及していたり、「青銅器時代」を交換したときの実績「ブロンズエイジデイドリーム」で、傘が青銅器時代から使われていたことに触れたりしていました。
どれも知的好奇心をくすぐるとともに、「へぇ」と感心するような内容ばかり。筆者は上の2つの雑学はどちらも知らなかったので、思わず検索してしまいました。なんだか、それだけでも得をした気分です。
さらにゲームを進めると、生物の形質や時代ごとの発明が出そろいはじめ、生命と文明の歩んだ足跡を大雑把に俯瞰できるようになります。
かつて、ある生物が進化したのに重要な形質の変化は何だったのか、文明が次の段階に進むきっかけになった発明は何だったのか。それらをざっくりと把握しながらゲームを進められます。
プレイ中に生命や歴史に興味が湧いて、「気づけばゲーム内の単語を検索していた」なんてこともあるでしょう。百科事典の索引にも似た知的好奇心をそそる魔力を感じますよね。この“知の探求”こそが、『Cell to Singularity』の醍醐味なのです。
正直、ゲームシステムは、これといって語るポイントがありません。言ってしまえば、クリックして数字を増やすだけのゲーム。エントロピーを一定の数値まで溜めて、新しく獲得できるようになったアップグレードパネルを取得していくだけで、加速度的に数字が増えていきます。
自動的に増える数値は、早い段階でクリックして増える数値を上回るため、遊んでいるうちに必ずしもクリックする必要がなくなるのもクリッカーのお約束。もちろん、クリックすれば、その分数値の増加は早まりますよ。
恐竜の豆知識と箱庭の観察が楽しい「中生代の谷」
『Cell to Singularity』では、メインの「生物進化・人類文明パート」と別に、「中生代の谷」(Mesozoic Valley)が用意されています。これは、本編をある程度進めると遊べるようになる恐竜特化のクリッカーコンテンツ。本編とは完全に分離されており、貝の化石で表現された数値のリセットを繰り返して、使える恐竜を増やすことで、ちょっとした“箱庭”を楽しめます。
「中生代の谷」では、恐竜が持っていた形質について詳しい解説を楽しめます。また、恐竜をアップグレードしたときに、それぞれの豆知識をゲットできるのもお楽しみポイント。この箱庭では、恐竜同士の関わりはないものの、徐々に種類を増やしていけば、“鑑賞用”としてぼんやり眺めているだけで癒されるでしょう。個々の恐竜に対してズームアップもできますが、背景を含めて恐竜モデルは粗いので、遠目から全体を眺めるのがオススメです。
なお、化石カウントのリセットでは、小惑星を落として恐竜を全滅させます。これをしないと使える恐竜の種類が増えないうえに、カウント増加効率が上がりません。見ているとちょっとかわいそうな気もします。やるけど。
課題はコンテンツボリューム?
『Cell to Singularity』のリリースは2018年と少し前ですが、2020年3月時点でも頻繁にアップデートされており、コンテンツの更新は盛ん。しかし、Steamでは早期アクセス扱い。開発中ということもあって、細かく見ると粗い部分はまだあります。
具体的には、文明の進化を進めて、現代科学を超えたSFの領域に踏み込むと、途端に進化パネルが寂しくなる「コンテンツボリューム」の問題。要求される数値も跳ね上がり、明らかに水増し感が出てきます。また、ところどころ日本語訳が怪しい……、というかGoogle翻訳そのままなのも(洋ゲーにはありがちとはいえ)、今後は改善してほしいところです。
本作は「基本無料」の運営形態を取っており、ゲーム内課金が存在します。とはいっても、数値の増える速度を早めたり、固定の数値を直接購入したりといった程度。クリッカーゲームで時折見かけるクリック数制限も緩いため、ほかのプレイヤーとの絡みが皆無な本作では、よほどせっかちでない限り利用する機会はないでしょう。
好きなときに眺める程度の気楽さがイイ
オーソドックスなクリッカー様式に、生物の進化と文明の進歩を組み合わせた本作は、たまにツッコミどころがありつつも、ゆるゆるとクリッカーを楽しみながら、生物学と世界史に触れるきっかけにもなります。個人的に推したいポイントはいくつかありますが、やはりトリビア的な「フレーバーテキスト」と、恐竜の箱庭を眺められる「中生代の谷」でしょう。
ゲームをある程度進めれば、アプリを立ち上げていなくても数値は増えていくので、時折思い出したように触って眺められるのが、クリッカーのような放置ゲーのいいところ。多忙な生活でがっつりゲームを遊ぶ暇はないけど、ちょっとした息抜きを探している人にオススメしたい作品です。