ゲーム業界を描いた『東京トイボックス』や『大東京トイボックス』、スティーブ・ジョブズの半生を描いた『STEVES』など、業界モノを得意とするマンガ家・うめ(小沢高広/妹尾朝子)。最新作としてeスポーツを題材にした『東京トイボクシーズ』を「月刊コミックバンチ」にて連載しています。マンガ家・うめのスタンスとして、単純に流行っているからというだけではない「奥深さ」を感じたからこそ、eスポーツをテーマに取り上げたはず。その意図を聞いてきました。

  • 「月刊コミックバンチ」で連載中の『東京トイボクシーズ』。物語の舞台は、「eスポーツ科」が新設された私立白郷学園。一期生として集まった高校生たちのドラマが描かれる

――2019年5月から連載がスタートしたマンガ『東京トイボクシーズ』は、「eスポーツ」がテーマになっていますが、これはいつごろ決められたのでしょうか。

小沢高広さん(以下、小沢):eスポーツという単語を初めて耳にしたのは、『大東京トイボックス』の連載が終了する2014年ごろ。そのときは、さほど気にも留めず「そういうものがあるんだな」程度の認識でした。マンガにしようと企画を立てたのは、eスポーツの知名度が高くなりはじめていた2017年ごろです。

ただ、最初はeスポーツの「スポーツ」の部分がどうしてもなじめませんでした。なぜ「ゲーム大会」じゃいけないんだという“ことば遊び”のような違和感があったんです。それが払拭できない限り描けないと思いました。eスポーツということばを否定しているわけではなく、自分のなかで引っかかりがあったんです。

第1話のモノローグを思いついたことがきっかけで、ようやく「主人公の身の置き場」を見つけられて、描きはじめることができました。

  • 小沢高広さん

妹尾朝子さん(以下、妹尾):最初はどの立場からeスポーツを見ればいいかわかりませんでしたが、そのモノローグとともに、私たちの立ち位置も見つけられましたね。

  • 妹尾朝子さん

  • 1話目のモノローグ。“ゲームはスポーツという言葉を纏うことで何を手に入れ何を失うのだろう――”

――2005年から連載スタートした『東京トイボックス』と、その続編である『大東京トイボックス』は、ゲーム業界が舞台で開発者たちのマンガでした。対して、『東京トイボクシーズ』は主人公がプレイヤーですが、その理由を教えてください。

小沢:最初は、選手以外の選択肢も検討していました。大会運営であったり、配信者であったり。eスポーツはいろいろな人が関わっていますので。

妹尾:結果、プレイヤーを主人公にしましたが、ゆくゆくは「eスポーツを取り巻く大人たち」も描いていきたいですね。選手の周りにいる大人たちをどう描くかも、私たちの役目だと思っています。

小沢:『東京トイボクシーズ』では、選手にスポットをあてていますが、いわゆる“スポーツマンガ”のメソッドをeスポーツやゲームに置き換えることはしたくないんです。『東京トイボックス』は、お仕事マンガをスポーツマンガの文法で描きましたが、今回はその逆。スポーツマンガをお仕事マンガのように描くイメージです。

――eスポーツには、さまざまなゲームジャンル、タイトルがあります。『東京トイボクシーズ』で主人公のプレイするゲームに「対戦格闘ゲーム」を選んだのはなぜでしょうか。

妹尾:そこはすっごく悩みました。最初から格闘ゲームに決まっていたわけではありません。

小沢:僕たちがいま最もプレイしているのは、アクションシューティングゲームの『スプラトゥーン2』なんですよ。『スプラトゥーン2』の試合であれば、実況や解説がなくても、「プレイヤーが何をしたいのかわかる」くらいの理解度はあります。だからといって、『スプラトゥーン2』のようなゲームを描いてもダメだろうなと思いました。多少わかる分、代替えがきかないというか。そこで、ほかのタイトルやジャンルを検討しました。ただ、サッカーなどのスポーツゲームだと、「スポーツマンガそのもの」になりかねませんし。

妹尾:世界的に人気のある『リーグ・オブ・レジェンド(LoL)』や、そのジャンル「MOBA」も考えたんですが、マンガで取り上げるとなると、ルールが複雑だったんです。なので、eスポーツで扱われているタイトルやジャンルを見比べた結果として、シンプルな対戦格闘ゲームにしました。

小沢:『LoL』ライクのゲームはルールを紙面で説明していると、おもしろさを感じてもらう前に読者が離れそうで。その点、対戦格闘ゲームは、殴ったら体力が減る、体力ゲージがゼロになったらK.O.――と、奥深い駆け引きまでわからなくても、紙面でもゲームのシステムがわかりやすい。それでも、作中ではある程度の説明を入れていますけどね。

妹尾:主人公の「蓮」が、もう1人の主人公である「真代」にゲームの遊びかたを説明するシーンがあるんですが、これは、彼に説明しているだけでなく読者に説明をする場面でもあります。そのようなシーンを入れるために、まったくの初心者が登場人物として必要になりました。最初は主人公自身を初心者にすることも考えていましたが、腕の立つ主人公と初心者の主人公、2人の主人公で物語を進めていくことで落ち着きました。

  • 初心者の「真代」は、腕の立つ「蓮」に対戦格闘ゲームのイロハを教わる

――これから『東京トイボクシーズ』では、どのようなシーンを描いていこうと考えていますか?

妹尾:『東京トイボックス』はゲーム開発者のお仕事マンガですが、「表現の自由」や「規制」にフォーカスしました。『東京トイボクシーズ』の主人公は基本的にゲームをするだけですが、単純にeスポーツの試合だけを描くつもりはありません。

小沢:まだお伝えはできませんが、描きたいシーンについては、いろいろと「浮かんでいる絵」があります。「なんでeスポーツマンガなのにそんな話になるの」って思うような内容を、話のどこかには組み込んでいきます。読んでもらえれば、納得してもらえるんじゃないかな。

妹尾:そういえば、以前、MOBAの選手が「いつまでもやれる仕事ではない」って話していたのも印象的でした。彼らがなぜそう思っているのかって。

小沢:昔、「プログラマー35歳 限界説」ってあったじゃないですか。eスポーツでも同じような年齢の限界があるとイメージしているのかなと。もちろんタイトルによって違いはあるでしょうが、そのあたりも描いていきたいと考えています。北欧では平均年齢70歳のeスポーツチームもありますし、「プログラマー35歳 限界説」と同じで、実は存在しないかもしれない。

――eスポーツはまだまだ先行き不透明な点が多いと思います。その点はどう感じていらっしゃいますか?

妹尾:eスポーツはゲーム開発以上に未知の部分が多い。動きも速いですし、どうなるかは正直わかりませんね。

小沢:『大東京トイボックス』でもそうでしたが、動いている時代を描くのが性に合っているのかもしれません。

――『東京トイボクシーズ』には、『東京トイボックス』のキャラクターも出てきていますが、今後も登場するのでしょうか。

小沢:そうですね。主人公がプレイしているゲームタイトルも『東京トイボックス』のものですし、キャラクターはいろいろと出てくると思います。『東京トイボックス』や『大東京トイボックス』は、スピンオフ作品も何作か書いており、今でも“キャラクターが息づいている”んですよね。描いていないのに描いているような錯覚を覚えるんです。トイボックスのキャラクターも自然と入り込めるでしょう。

もちろん、『東京トイボクシーズ』から手に取ってくださる読者もいると思うので、『東京トイボックス』を知らない人でも楽しめるようにしています。

――現在のeスポーツの環境についてはどう見てますか。

小沢:「こうなってほしい」というより、「どうなっていくんだろうな」と興味深く見ています。

妹尾:2019年になって、eスポーツ関連の予算が下りた企業も多いみたいですが、短期間でサッといなくならない? みたいな部分は気になっています。トップダウンで命じられて、現場が困っている話もよく聞くので。

――最近ではゲームが好きだからプレイヤーを目指すのではなく、「eスポーツ選手になりたい」という気持ちが先行する子どもが増えてきたように思います。そのあたりについてはどう思いますか。

小沢:それはマンガの世界も一緒じゃないですかね。マンガを描くのが楽しいからマンガ家を目指すのか、最初から職業としてマンガ家を目指すのか。ある程度、市場規模が大きくなれば、後者のような気持ちが芽生えるのも当然だと思います。プロになりたいという気持ちが間違ったものだとも思いません。

マンガの場合、WebやSNSで発信できれば十分と考える人もいますし、商業誌のプロを目指す人もいます。eスポーツでもアマチュアで楽しむ人やプロを目指す人など、幅が広がっていくでしょうね。

――eスポーツの大会を観戦しに行くことはありますか?

妹尾:2019年12月の「Red Bull Kumite」は、名古屋まで子連れで見に行きました。2020年1月の「EVO Japan」も行きましたね。少し前の話ですが「スプラトゥーン2 最強小学生軍団 決定トーナメント」には、ウチの子どもたちが出場したんですよ。初戦敗退でしたが。あとは配信で追っかけてます。「スプラトゥーン甲子園」も地方予選から見ますし、それ以外にも格闘ゲームの『ストリートファイターV アーケードエディション(ストV)』と『鉄拳7』は、たまに見るようになりました。それと「RAGE」ですね。

小沢:たまにじゃないでしょ。仕事しながらずっと見てる。

妹尾:『鉄拳7』は、2019年に突然パキスタン勢が現れるという、まさにマンガのような展開がありましたしね。

小沢:FPSとかMOBAも追いかけたいんですが、いまはそこまで手が回っていないですね。対戦格闘ゲームだけでも種類がありますから。あ、とはいえ最近『クラッシュ・ロワイヤル』をプレイしはじめました。いまトロフィーが4400を超えたくらいです。がんばればもう少しいけそうで。

妹尾:私はカードゲームの『Shadowverse』に手を出してみました。

――eスポーツの大会をご覧になっていて、気になるプレイヤーはいますか?

妹尾:『ストV』のマゴ選⼿が好きです。強いのにスポンサーをつけていないギャップから、つい応援してしまいます。なれるものなら、スポンサーになりたい(笑)。あとは、同じ『ストV』のネモ選⼿。SNSなどを⾒ていて、⽵内ジョン選⼿を溺愛している様⼦が伝わってきておもしろいなと思いました。

鉄拳だとチクリン選手。ソウルキャリバーのゆっとと選手。スプラトゥーンだと大御所ですが、GGBOYZはずっと応援してます。あと、知り合いがちょいちょいスプラトゥーン甲子園を目指すので、そのたびに応援してますね。

小沢:あとは、“島根の仙人”ことYHC-餅選手、ストーム久保選手、キチパーム選手は、マンガ家目線で気になりますね。バックボーンも含め、キャラがすごい立っている。そもそも、eスポーツ選手はみんな個性があり、魅力あふれる人が多い。そのままマンガに登場してほしいです(笑)。あと、登場させたいといえば、パキスタンのアルスラーン・アッシュ選手! ちなみに小学生の次女は、ウメハラ選手の大ファンです。

――作中ではゲーム初心者の主人公「真代」の母親が、ゲームに対して強い偏見を持っています。現実でもそのような偏見を持つ人は少なくないでしょう。そのような人に対して伝えたいことはありますか?

小沢:現実問題として、お⼦さんが真剣にゲームに向かうのであれば、親では⽌められないと思うんですよね。マンガ家になった⼈って、大まかに2種類いるように思うんです。⼦どものころから浴びるようにマンガを読んでいたタイプか、親からマンガを禁⽌されていたタイプ。抑圧されたとしても、友だちの家で読んだ り、図書館で読んだりと、むしろ制限されたがゆえに情熱が盛り上がる⼈も多い。ゲームもそれと同じ。押さえつけられれば押さえつけられるほど、⼀点⽳が開いたときの勢いは強くなると思います。

なので伝えたいとすれば、ゲームをやっているからって、ヒステリックに怒らないで、というくらいでしょうか。ゲームをやることに罪悪感を持ってしまうとかわいそう。

ちなみに、我が家ではゲームを禁⽌していませんし、時間の制限もしていません。ちょっとおもしろそうなゲームがあったら親がすぐ買ってきて しまいます。

  • 作中のワンシーン。ゲームに偏見を持つ「真代」の母親

妹尾:それどころが2台目のNintendo Switchを私が買ってしまったとき、しばらく子どもに買ったことを言えませんでした。買ったと伝えたら、「ウチにゲーム機たくさんあるじゃん!」って案の定怒られましたね(笑)。

小沢:親がそんな感じだから、逆に子どもはしっかりしたのかも(笑)。うちの子どもはリビングで勉強をするんですが、隣で親がゲームを始めても、平然と勉強しています。

妹尾:私が子育てをして思ったのは、「親が介入できることはあまり多くない」ということ。こうしたほうがいいとか、こうすべきだとか、いろいろと考えて取り組んだとしても、結局子どもの個性が強く出るんです。開放的に育てようが、厳しく育てようが、最終的にはその子に合うことを、自ずとやるでしょうし、そのほうがいいと思いますね。

――最後に読者のみなさんに伝えたいことがありましたらお願いします。

小沢:『東京トイボクシーズ』は「月刊コミックバンチ」にて連載中。単⾏本が6⽉に発売予定です。ぜひ!

――ありがとうございました!