アドビが開発を進める日本語の極太フォント「ネオクロ」。太い横線と丸みを帯びた曲線を組み合わせ、ゴシックとも明朝ともつかない独特の佇まいを持つこの書体は、2026年4月10日の「フォントの日」に合わせて、開発段階で初めて披露されました。

  • リリース前の極太フォント「ネオクロ」が使われた、しぐれういさんバースデーライブの映像での事例について、フォントを手掛けるアドビの吉田さん、そしてライブ映像を制作した安村俊介さんにお話を聞きました

    リリース前の極太フォント「ネオクロ」が使われた、しぐれういさんバースデーライブの映像での事例について、フォントを手掛けるアドビの吉田さん、そしてライブ映像を制作した安村俊介さんにお話を聞きました

発表からほどなくして、このフォントに目をつけたのが映像クリエイターの安村俊介さんです。折しも手がけていたのは、イラストレーター・しぐれういさんのバースデーライブで歌われた楽曲「粛聖!! ロリ神レクイエム☆」のライブ映像。正式リリース前のフォントが、ライブ演出という形で先行して披露されるのは異例のことです。

数ある書体の中からなぜネオクロが選ばれたのでしょうか。そして、バリアブル(可変)フォントならではの機能は、映像制作の現場にどんな変化をもたらしたのでしょうか。ネオクロのデザインを手がけるアドビの吉田大成さんと、ライブ映像を制作した安村俊介さんに、起用の経緯と制作の舞台裏を聞きました。

「読めすぎない」書体を探していた、ライブ演出を支えるフォント

Q: リリース前のネオクロをイベント映像に使うことになった経緯についてまずお伺いしたいです。

吉田さん: この「ネオクロ」という開発中の新書体を発表したのが4月10日の「フォントの日」のイベントなんですが、YouTubeのライブ配信でコンセプトなどを発表してすぐ、知人の映像クリエイターの方から「安村さんが『ネオクロを(ライブ映像に)使わせてもらえませんか』って言ってます」と教えていただいたのがきっかけですね。

  • アドビのフォントデザイナー・吉田大成さん

    アドビのフォントデザイナー・吉田大成さん

Q: ネオクロを見た瞬間「これはぜひ使いたい」となったんですね。

安村さん: フォントの日の配信はリアルタイムで見てました。

吉田さん: ありがとうございます!

安村さん: ちょうど、しぐれういさんのバースデーライブの企画をしていたころだったので、この書体を使わせていただきたいなと思ったんです。考えていた要件にピッタリだったので。

  • デザイナー・映像クリエイターの安村俊介さん

    デザイナー・映像クリエイターの安村俊介さん

Q: 取材にあたって「粛聖!! ロリ神レクイエム☆」の本家映像を見たところ、今回のライブのアートワークとはテイストが異なると感じました。なぜ数あるフォントの中から「ネオクロ」を選ばれたのでしょうか。

安村さん: しぐいれういさんのライブ映像の制作は、演出ディレクションをしていた株式会社RICOLさんからの依頼で、元のPVらしさを引き継ぎつつも、ちょっと違った印象になるよう盛り上げてほしいというオーダーだったんです。

今回担当した「粛聖!! ロリ神レクイエム☆」は色々な意味でパンチが強い楽曲なので、シーンを何度も変えて見せるより、ワンコンセプトで走り切るイメージを持っていました。そしてリリック(歌詞)も見せたかったので、勢いで押し切れるような力強い書体をずっと探していました。

また、僕はライブ映像以外の案件でA1ゴシックをよく使うんですけど、この書体は確かに力強くはありますが、ライブ映像で使うと「読めすぎてしまう」んですね。ライブ演出では読みやすい書体を使うと、コールアンドレスポンスのときに観客がメタ視点というか、一歩引いた目線になってしまう。そこで、演出として没入し続けられるような、適度に読める書体を探していました。

そして、バリアブルフォントというのも映像屋的にはけっこう嬉しいんです。

Q: どういったところが「嬉しい」のでしょうか?

安村さん: 文字を縦や横に潰して曲のBPMに合わせてズムズムさせる動きが、After Effectsのコードひとつで実現できるんです。一文字ずつ手で動きをつけなくても、フォント自体の機能で動きをつけられるのでとてもやりやすいです。

これは副次的な効果だと思うんですが、バリアブルフォントはパスが一画ずつ分かれている状態なので、After Effectsの外部プラグインで書体データをパスに変換すると、そのパスも一画ずつ自然と分かれてくれます。そうすると、文字を登場させる時とかに一画ずつ出したり、一画ずつ動きを変えたりという複雑な効果がワンタッチに近い操作でできるようになる。そんな2つの嬉しさがあります。

  • 字の太さをユーザーが調節できるバリアブルフォントであることが、映像づくりでは大きなメリットとなるそうです

    字の太さをユーザーが調節できるバリアブルフォントであることが、映像づくりでは大きなメリットとなるそうです

開発者の想定を超えた使い方と、バリアブルフォントのメリット

Q: 吉田さんとしては「思った通りに使ってくれてる」という感じですか?

吉田さん: 私たちの想定する映像の使い方でもありながら、もうそれを超えているというか。あまり想像もしていなかったところまで(ネオクロという書体を)拡張していただいたという印象です。

BPMに合わせてズムズムさせたりする部分はある程度こちらでも予想はしていたのですが、ライブに使うにあたってすごく装飾的なエフェクトを文字にかけてくださっていて。文字の外側にフチをつけたりするデザインに耐えられるようにはしたいなと思って作っていたんですが、(今回のライブ映像では)文字の表面に宝石みたいなキラキラしたエフェクトや発光するエフェクトを付けてくださっていて、そうした文字の在り方みたいなところは当初思ってもみなかったところです。

先ほど「副次的な効果」として、バリアブルフォントのエレメント(文字のパーツ)が分かれているというお話がありましたが、通常のフォントはすべてのパーツが合体した状態ユーザーの皆様に届けられています。

バリアブルフォントの場合は、細かいパーツに分けて、一つひとつの互換性をとっていかないと変形できないんですね。字幅を細く、広くと変えるときに、全部の構成要素をつなぎ止めておく必要があるので、一般的なフォントとは異なる作り方をしています。それが映像制作においてアドバンテージがあるというのは、今回新しい発見だったなと思います。

Q: なるほど。安村さんにお伺いしたいのですが、バリアブルフォントであるネオクロを使ったら制作が早くなったんでしょうか?

安村さん: めっちゃ早くなりました!

さっき吉田さんが仰ったキラキラした文字のエフェクトも、一画ずつの縁にキラキラの光の角度を計算してつけれられるんです。全部まとまったパスに適用すると平たい印象になってしまうんです。一画ごとに立体に見えるから、より複雑なルックに仕上がるというか。

作業が早くなるというより、普通のフォントだったらまずやろうと思わないですね。ネオクロをご提供いただいて、制作を始める前にちょっと遊んだりしていたんですが、そのときに一画ずつエフェクトかければいいじゃんとひらめいたんです。一般的な書体だったら、一画ずつエフェクトをつけるという発想になっていなかったかもしれないです。

Q: 吉田さん、フォントデータは特に制限なく安村さんにお渡ししたんでしょうか?

吉田さん: 漢字の文字セットはリリース状態でお渡ししています。使い方も本当に自由に使って、アイデアをなんでもぶつけてくださいとお渡ししました。特に制限はかけていません。

Q: リリース前のフォントをクリエイターに提供して、リリースに先行して成果物が発表されるというのは、これまでの書体のリリースの仕方とはやや違うように思いますがどうでしょうか。

吉田さん: そうですね、ネオクロの場合は、特殊といえば特殊かもしれません。今回のフォントの日のイベントで、リリース前に開発中のフォントとして発表したこと自体、これまでの書体ではあまり例がないのかなと。つまり、ネオクロの存在自体を隠す必要がなかったのが一つ大きかったと思います。

また、NDA(秘密保持契約)を結んだクリエイターの方に使っていただいたことはありました。

とはいえ、確かにリリース前に個別の事例を発表するというのは珍しいかもしれません。今回はちょうどフォントの日イベントで発表したばかりだったので、ここは使っていただこうと。

ひらがなを「細く」できるネオクロで、ネットミーム的文脈を表現

Q: 公開後、SNS(X)上で反響がありましたが、そのリアクションをご覧になってどう感じられましたか。

吉田さん: アドビから明示的にXでポストしたので、ファンの方から見ると「しぐれういさんとアドビはいったいどういう関係性なんだ」という反応がありました(笑)「リリース前にフォントの特別提供を受けるなんてすごい」という声もありましたね。とはいえ、先ほどもお話した通り、しぐれういさんと直接提携したわけではないんですが、そういう反応は新鮮でした。

安村さん: しぐれういさんはイラストレーターで、クリエイティブツールを使っているというのはファンの間では周知のことなので、そういった背景があって今回拡散されたのはあると思います。

実際、クリエイターの方でしぐれういさんのライブを見に行く方は結構いて。実際、僕のデザイナーの友達は現地に行ってました。なので、しぐれういさんを追っている人の中に同業に近い職種の方が多く、結果として「アドビの開発中の書体を先行使用した」という事実のすごさがわかる人に広がったのかもしれません。

今回の仕事のメインは「ライブを盛り上げる」ことなので、事後的に盛り上がるのも全然嬉しいですし、むしろそうした反応も見据えて制作会社のOKももらえたところがあるので。そういう意味では本当にうまくいったなと。

Q: 「ネオクロ」の特徴である「太い線と丸みのある線の組み合わせ」「ゴシックと明朝のミックス」という個性は、実際の背景映像演出でどう活かされましたか?

安村さん: 漢字が正方形にきちんと収まっていて、文字自体の密度が高いので、画面全体の密度の調整がすごくしやすかったですね。文字を敷き詰めれば情報量が増えて、(視点を)引いたらミニマムなデザインの図形にも見える。

楽曲との相性で言うと、ネットミームを含むコールアンドレスポンスが多い楽曲なので、ネオクロを使った「半角ひらがな」的な表現ができるんですよ。これはほかの書体じゃ替えが利かないところで、今回の曲との相性はめちゃくちゃよかったなと感じています。

吉田さん: ネットミーム的な文脈とマッチするとは思ってなかったですね。

Q: 吉田さんの作られたネオクロの作例とはまったく雰囲気が違いますよね。

吉田さん: そうですね、(ネオクロの作例は)ゲームのタイトル画面みたいなイメージをもって作っていました。

ネオクロは極太フォントなので、字幅を変えようとするとなかなかデザインが難しくて。70%から80%くらいだったら、自然に圧縮できる範囲だと思うんですけど、ネオクロは50%まで縮められるようになっていて、これはデザイナーとしては勇気がいったことです。

50%まで圧縮できれば、正方形に対して2文字レイアウトすることができるので、50%と60%ではかなり大きな差があるんじゃないかと思ってこの仕様で制作しました。

Q: 特にデザインに苦労された文字はどんなものでしたか?

吉田さん: ひらがなです。カタカナは構成要素が直線で、かつ線の数が少ないので比較的デザインしやすかったんです。ただ、ひらがなはその真逆で、曲線がすごく多くて、さらに共通の構成要素があまりない文字なんですね。「す」のくるっとループする形や、「は」や「ね」の丸の部分など、あまり共通化できない形を極太の書体に収めるというのはとても難しかったです。

極太フォントなのですべての線を太くしたくなるところなんですが、そうすると確実に枠に収まらないので、部分的にものすごく細くする線を設けたりして調整しています。

  • ひらがなのループ部分などが難しかったそうです

    ひらがなのループ部分などが難しかったそうです

Q: 「ネオクロ」の正式リリースを心待ちにしているクリエイターは多くいると思いますが、安村さんには「これから映像制作でフォントを活用したいクリエイター」に向けて、吉田さんには「ネオクロの良さを知りたいクリエイター」に向けて、それぞれメッセージをお願いしたいです。

安村さん: 先ほども触れたんですけど、ネオクロは動かしたり分解してみたりするうちに使い方を思いつくことができ、まさにフォントからアイデアをもらえたと感じることができました。さらにエンタメと相性のいい字形でもあるので、困ったら使いたくなる書体だなとは思っています。

吉田さん: ネオクロはアドビのオリジナル書体の中で最も太く、正方形の漢字と可変する仮名の組み合わせは、今のところ他にはない体験だと思います。リリースされたら、ぜひ多くのクリエイターの方に触っていただきたいです。フォントを見る方にもそうですし、使っているクリエイターの方々にも、その楽しさが伝えばいいなと思っています。

Q: ありがとうございました。