4月10日は「フォントの日」。4と10で「フォン(4)ト(10)」ですが、単なるダジャレではありません。アドビが日本記念日協会に申請し、2017年に登録された正式な記念日なんです。
2022年のフォントの日は、アドビがこれまでリリースしてきた「日本語フォント」に注目。その歴史をフォント年表と題し、書体ごとにまとめて振り返ってみます。
小塚明朝(1997)/小塚ゴシック(2001)
デザイナーであれば知らない人はいないであろう「小塚明朝」と「小塚ゴシック」。小塚明朝は、毎日新聞社やモリサワで書体デザインに携わった小塚昌彦さんを、アドビが日本語タイプディレクターに迎えてリリースした、初の日本語フォントです(これ以前にもアドビは「平成明朝」を発売していますが、独自に開発した書体ではないので割愛します)。
小塚明朝は、比較的大きめの文字と直線的な画線の処理から生まれた明るい表情が、実用的な文書制作に適した明朝体。小塚ゴシックは、小塚明朝との形態上の一貫性と連関を重視したデザインとなっていて、同じく明るい表情のゴシック書体です。
りょうText・りょうDisplay(2003)/りょうゴシック(2004)
「りょうText」と「りょうDisplay」、そして「りょうゴシック」といったりょうファミリーは、現在アドビの日本語タイポグラフィチームのチーフタイプデザイナーである西塚涼子さんがデザインしたかなフォント。
この書体が登場した2000年初頭、DTPソフトは米国開発のソフトをローカライズしたものが多く、日本語独自の組版ルールに対応したソフトはほとんどありませんでした。アドビは日本のDTPにまつわる課題を解決しようと、InDesignの日本語版を2001年にリリースしました。
InDesignの「合成フォント」機能は、漢字を含むフォントに、別のかなフォントを組み合わせて組版にバリエーションを持たせられるというもの。りょうファミリーはこの機能で活用できるかなフォントです。
りょうファミリーは、現代的なイメージで作られた小塚明朝・ゴシックとは対照的で、保守的な字形。柔和な表情でありながら、スピード感もあわせ持つデザインとしています。また、りょうファミリーに小塚明朝の漢字グリフを付け加えた「りょうText PlusN」、「りょうDisplay PlusN」、「りょうゴシック PlusN」といったファミリーを、2007年に開発しました。
かづらき(2010)
「かづらき」は、西塚涼子さんが藤原定家の書風にもとづいてデザインした日本語フォント。藤原定家による独特の書風を、印刷やWebデザインにも使えるような現代の書体デザインにアレンジしました。 日本語の印刷用書体としては珍しく、文字によって幅の異なるプロポーショナル書体です。後に拡張されて「かづらき SP2N」となっています。
源ノ角ゴシック(2014)/源ノ角明朝(2017)
日中韓3カ国語のほか、香港および台湾の文字セットをサポートするオープンソースフォントが「源ノ角ゴシック(Source Han Sans)」。源ノ角の「源」は、英語名のSourceから。繁体字や簡体字など言語によって異なる漢字も網羅しているため、東アジア向けの多言語パンフレットやWebページでもイメージを統一することができます。
このフォントはGoogleとの協業で、イワタ(日本)、Changzhou SinoType(中国)、Sandoll Communication(韓国)といったフォントメーカー3社の協力を受け、アドビが書体デザインを監修した一大プロジェクト。デザイン監修とかなのデザインは西塚涼子さんが手がけ、少し保守的ではあるけれども過度にならない、絶妙なバランスのデザインを実現しました。
続いて、2017年に「源ノ明朝」(Source Han Serif)が誕生。こちらもアドビとGoogleが共同で開発した、東アジアの漢字圏の文字を網羅したオープンソースフォント。書体デザインは西塚涼子さんです。源ノ角明朝は源ノ角ゴシックと同じく保守的な方向に寄せつつも、画線の構成を単純化。スクリーンに表示することを念頭に置いてデザインしています。
2021年には、源ノ角ゴシックがバリアブルフォント化。ウェイト(太さ)を数値の増減で調整でき、ファイルサイズが大幅に軽くなりました。
貂明朝(2017)
2017年に登場した見出し用フォント「貂明朝」。デザインは西塚涼子さん。江戸時代の瓦版印刷にも見える筆運びを取り入れた、手書き風の明朝体です。書体名にもなっている「貂」を含む絵文字グリフも多数収録されています。
貂明朝には日本語のみならず、フルセットの欧文グリフも含まれます。そのデザインを手がけたのはアドビのプリンシパルデザイナーであるロバート・スリムバック(Robert Slimbach)さん。
2018年には本文用書体の「貂明朝テキスト」が登場し、そのタイミングで絵文字のカラーフォント化が行われました。カラーフォントにまつわるお話は2021年のフォントの日インタビューに詳しいので、気になる方はこちらもぜひ。
ヒグミン(2021)
アドビの“フォント年表”、そのラストを飾るのは、画家・絵本作家のヒグチユウコさんによる手書き文字をフォント化した「ヒグミン」。2021年11月にリリースされた最新フォントです。
元ネタのあるフォントと聞くと簡単そうに思えてしまうかもしれませんが、手書き文字をそのままフォントにしたのではありません。ヒグチユウコさんの文字の持つ躍動感を再現すべく、西塚涼子さんが試行錯誤して作り上げた、3年越しの大作なんです。
ヒグチさんの文字の特徴である「ヒゲ」が1文字あたり3パターンあって、前後の文字にあわせて変化するというギミックや、横につながるカラー絵文字など、見どころ満載。語るところが多いフォントなので、詳しくはリリース当時のインタビューをご覧ください。
西塚さんのコメント
アドビの日本語フォントを引っ張ってきたチーフタイプデザイナーである西塚涼子さんに、フォントの日に際してコメントをいただきました。
「タイプデザインはその国の文化を支える仕事だと思っています。その国の言語がある限りフォントの役目は続きます。言葉に素敵な服を着せるような気持ちで日々一文字一文字向き合いながら、時には最先端の技術で時には歴史に学びながら制作し、今後も皆様に心躍るようなフォントをご提供できたらと思います。」
約25年にわたり、日本語フォントを生み出し続けてきたアドビ。近年は西塚涼子さん率いるフォントチームの活躍が著しく、貂明朝からヒグミンにかけて個性的なオリジナルフォントのリリースが続きました。
ここ数年フォントの発表が続いたので、2022年は一休みといった印象。ですが、その開発は手仕事といえる部分も多く一朝一夕にはいきません。今度はどんなフォントが登場するかわくわくしながら待ちたいと思います。