鳥取砂丘にある月面「ルナテラス」

タイヤを設計する際は、板バネの形状はこれでいいか、厚みはどのくらいにするかなど、シミュレーションによる最適化設計を行うとと共に、リアルな環境で走行してみてその妥当性を検証する必要がある。

走行実験が行われているのは鳥取砂丘にある月面実証フィールド「ルナテラス」。平井伸治鳥取県知事によると、鳥取砂丘は10万年の歴史があり、千代川が上流から花崗岩を砕いて海に運び、日本海の荒波に削られ、とても細かい砂になったのだという。砂粒の大きさなど月面の砂レゴリスと類似性があることから、鳥取県は2023年7月7日、鳥取砂丘月面実証フィールド「ルナテラス」をオープン。鳥取県と連携することなどの条件はあるが、利用料は無料で、これまでにブリヂストンはじめさまざまな企業や大学などが利用している。

  • ルナテラスは国立公園外に位置する0.5haのエリア

    ルナテラスは国立公園外に位置する0.5haのエリア。平地ゾーン、穴を掘ったり山を作ったりできる自由設計ゾーン、5度~20度の斜面がある斜面ゾーンに分かれる

  • 斜面ゾーンの一番低い斜面を登ったがなかなかきつい

    斜面ゾーンの一番低い斜面を登ったがなかなかきつい

  • 斜面からルナテラスを見下ろす

    斜面からルナテラスを見下ろす

いよいよ走行実験開始!

今回、初公開された走行試験は2種類で、「走行性能試験」と「耐久性能試験」だった。

走行試験ではパラメーターを変えつつ試験が行われ、計測車両が進むスピードに対してタイヤを速く回せば、前に進む力がどれだけ出ているか計測でき、逆にゆっくり回せばブレーキをかけたときにどれくらいブレーキ力が出るのかを調べられるとのこと。また、砂にタイヤを押し付ける力もシリンダーで変えられるなど、さまざまな状況を設定してタイヤの周りに発生する力をセンサーで計測しているという。

走行試験では砂を大きく巻き上げるときとあまり巻き上げないときがあった。弓井氏によると「どれだけ強くタイヤを回転させているか(による)。条件を変えて力を計測し、この条件でこのタイヤならどのくらいの推進力を出せるかなど計測している」とのこと。砂はなるべく巻き上げない方がいいらしく、「巻き上げた砂を車がかむとろくなことにはならない」というのがその理由だという。

  • 走行性能試験の様子

    走行性能試験の様子。砂を巻き上げるときと巻き上げないときがあった。

今後明らかにしていきたいのは走破性だという。「摩擦力を高めるためのパラメーターがどこにあって、どういうメカニズムで摩擦力が成り立っているか、まだ不明な点が多い。その理解が月面探査を成功に導くための1つのキーポイントになると思う」(弓井氏)

  • 走行性能試験に使われたタイヤ

    走行性能試験に使われたタイヤ。接地面が平らになることで走破性をあげている。この試験用タイヤの表面には金属フェルトは使われていない。

一方の耐久性能試験では、砂の上で長距離走った時にタイヤがどうなるのか、どの部分がどの程度痛んでくるのか、タイヤにセンサーをつけて調べ、わだちができたり、わだちから砂が跳ねたり、どんな入力があってタイヤがどうなるのかを確認していく。

  • 耐久性能試験でのコーナリングの様子

    耐久性能試験でのコーナリングの様子

走行車両のゴムタイヤがつけたわだちを、月面タイヤが押し固めながら走る様子が印象深かった。「砂の上でひずまないように、接地面積が重要でこだわっているところでもある」とブリヂストン担当者は語っている。走行性能試験、耐久性能試験共に、プレス公開されたタイヤはそれぞれ一種類だったが、幅や外径、押し付けたときの固さなどさまざまなタイヤを試験で検証しているとし、今後は岩をおいたり、斜面を登るなどの試験も行っていく予定だという。

地上のタイヤで「空気とゴムに甘えすぎていた」

月面を疾走するタイヤ。その実現が楽しみだが、アルテミス計画で有人与圧ローバーが運用されるのは今のところ、2031年の予定。その前段階で走らせないのだろうか?

ブリヂストン太田正樹氏は「その可能性を広げたい。有人(与圧ローバー)が本命だが、その手前のプロジェクトで無人ローバーなどの機会を活用していきたい」と語った。有人月面基地の建設が始まり、水や資源の探索や活用などのミッションが定常的に始まれば、与圧ローバーに限らず、モビリティを支えるタイヤが必要になるだろう。

  • ブリヂストングローバル直需戦略/新モビリティビジネス推進部長の太田正樹氏

    ブリヂストングローバル直需戦略/新モビリティビジネス推進部長の太田正樹氏

そのためにも試験を繰り返す必要がある。だが「ルナテラス」に至るまでは試験場を探し苦労の連続だったそう。ブリヂストンがトヨタとともに月面有人与圧ローバーの研究を始めたのは2019年。当初から評価(テスト走行)できる場所が必要だが、なかなか見つからなかった。「地球上で車が走る路面や環境はあらゆる方法でテストコースで再現しているが、砂地を車が走ることは想定されていなかった」と弓井氏は語る。

「モトクロス場の一角を使わせてもらったり、承認をとって海岸でテストしたりしました。モトクロスはバイクで山を乗り越える競技なので砂というよりも土だったし、海岸は貸し切りにできるわけではなく釣りをする方がいたり、前日に雨が降ったりするとゴミが流れついていて掃除から始めないといけない。『ルナテラス』で思いっきり走ることができるのはありがたい」

  • ブリヂストン タイヤ研究第一部長の弓井慶太氏

    ブリヂストン タイヤ研究第一部長の弓井慶太氏

弓井氏が月面探査車用タイヤの開発に関わったのは約半年前。月面タイヤの開発に関わって、一番面食らったのはなんですか?と聞くと、こんな答えが返ってきた。

「タイヤってゴムに空気を入れた黒い丸い塊と思っているでしょ?(月面用タイヤを)やればやるほど、空気とゴムがものすごく偉大だとわかったんです。空気はいくら入れても重くならない。軽いのに車の荷重を支えられる。でも月面用タイヤは金属の構造で荷重を支えると全部重さに跳ね返ります。そしてゴムは大きく変形させてもなかなか壊れない。僕らはゴムと空気に甘えていたんだなと突き詰められました(笑)」

空気もゴムも月面では使えない難しさがありつつ、月面用タイヤ開発にはフロンティアを切り拓く発見と楽しさがあるという。「我々は宇宙に有人与圧ローバーを世界で初めて飛ばした人たちになります」と弓井さんと太田さんは力強く語ってくださった。かつての大人気CM「どこまでも行こう」の通り、月面をどこまでも駆け抜けてほしい(そしていつか私たちを乗せて欲しい!)